で、トリゴって何やのん? 出版物・CD・DVDのご紹介 春畑セロリのワガママ部屋 妄想ピアノ部のブログ セロカワユカリ wa!
 
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2016年 1月某日

あけましておめでとうございます。
みなさま、お年賀状や、あけおめール、あけおめッセージ、ありがとうございます。
かく言う私は、年頭の不義理を決め込んでから早○年?! 
今年もまた、不義理、ズボラ、腰砕けを標榜しつつ、正月から怪しい作品の生産に奔走している次第でございます。

元旦のFacebookに、以下のセロリ12箇条を上げましたところ、過大な(すなわち、そりゃ誉めすぎという)賛同と励ましをいただきました。何ら建設的なものでもウンチク的なものでもなく、きわめて出たとこ勝負の12行ですが、それでも、今の心境、信条と真っ直ぐにリンクしているので、にぎやかしとして、ここにも上げさせていただきますね。

今年も心を砕いて、音と、言葉と、表現と、向き合います。

 第1条 音楽は、生命の躍動
 第2条 音楽は、自己の証
 第3条 音楽は、本能と知性の落とし子
 第4条 音楽は、内省と顕示
 第5条 音楽は、苦悩とその浄化
 第6条 音楽は、解毒、鼓舞、汗、リハビリ、やすらぎ
 第7条 音楽は、コミュニケーション
 第8条 音楽は、きわめて個人的、かつ、きわめて社会的
 第9条 音楽は、平和とともにある
 第10条 音楽は、愛ともにある
 第11条 音楽は、人類最大の娯楽
 第12条 音楽は、祈り


2015年 12月某日

 びっくりしたぁ! 半年も寝言を言ってなかったなんて。たしかに、寝言を言うヒマもなく走り回っていた気がします。とにかく、この夏から秋は地方が多かった〜。講座、出張制作、公演。地下のアジトでも、書いて書いて、弾いて書いて、リハしてリハして書いて。
 でも、なんか、悲愴感とか、頑張ってる感とか、超多忙感とかが全然なくて、肩の力を抜いてウヒョヒョっと働いてる感じで、妙に機嫌がいいです。将来への 野望みたいなものはないわけじゃないけど、それは、いわゆる名誉欲とか金銭欲なんかとはまったく無縁で、まぁ、死ぬまでにこれくらいはやっておきたいじゃん、っていうくらいのものです。野望がないって、歳とったってこと? (^_^)

 今年は、<セロカワゆカリ ひゃくいろかがみ>の旗揚げに始まって、出版関係のほうも、新企画、続企画、あたため企画、リニューアル企画、いっぱい出てきちゃって、いまだ整理がつかないくらいの面白い年でした。だから忘れてたんですよね。誕生日も、暦が還っちゃったことも。ほら、祝ってくれる家族も生徒も弟子もいないでしょ。すっきりしたもんです。そこが私らしくて嬉しいです。
 で、あっ、そうだった、って気づいて、新米食べに、南魚沼のホテル里山十帖に車を走らせて、の〜んびり2泊も遊んできちゃいました。晩秋の棚田をぼんやり眺めて、ホテルの若いスタッフさんたちとおやつをつまみながらオシャベリしたりして、あー、幸せだなぁ。なんて。

 つい2日くらい前に、ささやかながらも1冊、こども向けの曲集を脱稿しました。なんか胸のうちがいつになく可愛くなっちゃった感じ。 これで今年懸案の宿題はほぼ終わりなので、ちょっと新年を迎えた気分です(はやいっつーの)。
 先日、レコーディング・ディレクターの坂元さんが企画してくださったトークイベント(放談ともいう)で、音楽のこと、人生のこと、たくさんお話させていただいたんだけど、終了後、初めてお会いする方々が口々に、「長年の音楽に対する疑問が腑に落ちました」とか「自分の人生を肯定できました」と、ご自分のことを熱っぽく語ってこられたことに心を打たれました。そう、こんなふうに、ひとりでも多くのかたの心のしこりを融かすことができたら。大人を融かし、こどもにひょっこり種を蒔く。一億総腰砕け計画。腰砕けになったら戦争なんかできないしね。

 それが、新しい年、新しい歳への、相当ささやかだけど、案外したたかな野望かな。
 来年も面白くなりそうです。


2015年 7月某日

 6月は、ウズベキスタンへの旅という得がたい日々がありました。日本大使館訪問や摂氏45度の砂漠の遺跡放浪、陶器や布のショッピング、長距離ドライブで田舎の日本語学級のこどもたちを訪ね、歌や踊りや弁論大会で歓待を受けたこと、彼らに声をそろえて「こころパレット」を歌ってもらったこと、ガキ大将が歌詞をキリル文字に書き起こして一生懸命覚えてくれたことetc.……、忘れ得ぬ思い出は数々あって、灼熱の砂漠につけた足跡同様、さらさらと心の底に残って、風に舞っています。

 つい数日前まで、そのことについてここに書くつもりでいました。でも、今週、期せずしてとても胸を締めつけられることが起こり、それは、SNSでみなさんに「いいね!」をいただくようなことでも、共感のコメントをいただくようなことでもなく、それでもやはり、自分自身のためにどうしても書いておきたいことなので、この場を借りて、少しだけ書くことにします。

 中学時代の恩師が亡くなりました。
 大学卒業後ほどなく私たちの中学に着任した先生は、生徒と歳がひと回りしか違わず、私たちにとっては、担任であると同時に親しい兄貴でもありました。国語教師で野球部顧問。文学青年でスポーツマン。マジメでヤンチャで誠実でテキトーで、歌が大好きで バンカラで涙もろい熱血漢でした。中学時代に私が書いていたしょーもない長編学園小説をいつも愛読してくれて、テストの余り時間に答案のウラに書いてた短編小説にも、あきれ顔の朱ペンで感想をくれました。
  卒業してからはOBの有志でワンダーフォーゲルのサークルを作り、毎春、毎夏、先生と一緒に合宿。風呂無しで1週間でも10日でも、重いテントと鍋をしょって歩いたなぁ。私の逆境適応能力は、あのとき培われたに違いない。この頃の仲間や後輩たちとは、今でも毎年何度も先生を囲んで呑み会をして、そのたびに、未だに山に登っている先生の体力と明るさに驚かされ、私たち全員が年老いてくたばっても、先生だけは永遠に元気に違いないと信じてたのに。
 ライブやトークコンサートをすれば、必ず駆けつけて「お前は7組の星だな」と褒めてくれたっけ。音楽教育がらみの小説を出版したときは誰よりも熱烈に読んでくれて、「おいっ!」と言って、作中の主人公を真似て、手の甲で拳と拳をクロスさせる挨拶を実演してみせてくれたっけ。そのときはっきり気づいたのでした。私の教育理念は、このひとから受け継いだんだ、と。
 訃報が届いた翌日、寂しくて寂しくて、涙をこらえながら地方出張にでかけました。生徒の誰も見舞いに来させず、生徒の誰にも弱音を吐かぬまま、半年間、闘病して逝ってしまった先生。亡くなったちょうどその時間帯に書き上がった1曲があります。きっと、この曲を見るたび、弾くたびに、先生の優しさを思い出すのだろうな、なんてつぶやきながら新幹線に揺られていました。
  先生と出会ったからこそ、今の自分がいる……。そう信じている卒業生は少なくないに違いありません。理屈ではなく、損得でもなく、常識でもなく、「心」で解決しろ。そう先生は教えてくれていたのじゃないかな。どうしようもない壁にぶつかったら、あの溌剌とした日々、汗臭いシャツと泥だらけのリュックを身にまといながら、遠い山並みをみつめて一途に歌った歌を…、澄みきった朝の空気の中で、先生や仲間たちと一緒に何十回となく歌った歌を口ずさんで乗り切ろう。

  ♪ 今日は 野を越え 明日 山越えて 限り知られぬ わが旅よ


2015年 5月某日

「セロカワゆカリ ひゃくいろかがみ」が、各地で計3回も追加公演となり、余韻が尾を引いてしまいました〜。ステージを見てくださった方たちが、「ウチんとこでもやってよー」てな感じで、それぞれ企画してくださいまして、そういうのって、本当に嬉しいですね。でもおかげで、しばらく女優の声が耳に残ってしまって、街などで劇中に出てきた単語を文字で見かけると、必ずゆかりの声とトーンでそれが音声化するという病気にかかっておりましたっけ。
 これでやっとStage1が一段落した、と思ったら、もうすでにStage2が始動しております。目標は秋公演。でも、ま、別名「ズサン委員会」というユニットなので、実現しますかどうか。。。。 全員プロ意識は高いので、決めたら必ず実現させる、とも言えるけど、一方では、満足できるものができなければ、公開しない!という決断もあり得るので。
 今度は、ぶらぶ〜らに限らず、いろいろな角度から新企画を進めます。果たして何が飛び出すやら。

 そんなこんななうちに、8本ほど同時進行していた急ぎの書き物が、ようやく3本ほどに集約されてきました。で、案の定、周りをキョロキョロし始めてます。(5本も決着させたので、肩で息をしてる感じなんだけど、それでもまだ3本もあるのかぁ〜。……ってことはどう考えても遊んでる場合じゃないんだけど、でも、きっちりきっちり仕事を片付ける「マジ」な暮らしには、どうしても染まれない私らしい)

 ま、そんなわけで、6月はまた、ちょいとプラっと、つるっと、ひょいっと、出かけてくるざんすぅ〜。


2015年 3月某日

3月の第1週は、「セロカワゆカリ ひゃくいろかがみ」の旗揚げ公演。下北沢のHalf Moon Hallという不思議な空間で、究極に研ぎ澄まされ、何もかも削ぎ落とされた鋭い時間を構築しようと試みました。一人芝居とソロピアノ。言葉と音。語りとハーモニー。そのアンサンブル、響き合いの試みは、あるときは見つめ合い、あるときは寄り添い、あるときは闘い、幾度も厳しい瞬間を産みました。まだまだ理想とする到達点へは程遠いものがありますが、何はともあれ、多方面の方々から高評価をいただき、胸をなで下ろしています。
2時間近くにわたってステージでただピアノを弾く、、というのは、書き屋の私にとって本当に珍しいことなのだけど、今回、ピアニストとしてはある意味脇役、でも作曲家としては主役という、奇妙な体験となりました。
自分の「ぶらぶ〜らの地図」というピアノ曲集の一篇一篇に、作家から新しい物語が捧げられ、それを女優が丹念に演じる……。そのことも新しい体験だったけれど、自作にこうも真っ直ぐ向き合ってピアノを弾くというのも、新鮮だったわけです。それは驚きでもあり、尽きせぬ悔恨の時でもあり、また、沸々とした勇気をもらう瞬間でもあったのでした。
作家・ナカガワマサヒロ(A.S.)と、女優・石野由香里。この二人に出会わなければ、この貴重な時間は得られなかったでありましょう。

そして3月第2週は、横浜港南区民センター「ひまわりの郷」で、2作目の書き下ろしファミリー・ミュージカル「もうひとつの浦島太郎」を初演。前週の究極に削ぎ落とされたステージとは真逆の、何もかも満載、歌あり、ダンスあり、きらびやかな衣装・照明・装置あり、プロアマ混在、大人こども混在、ホールと市民が力を合わせて作るステージ。この落差がすごかったなぁ〜。
計22曲、書きまくりましたけど、それはそれで、好きな曲も幾つもあって、歌い手さんも素敵に歌ってくれて、楽団も頑張ってくれて、何か本当にほっこりした時間を過ごしました。

どちらも音楽。どちらも演者とともにあり、どちらも聴衆とともにあり、このひととき、私が紡ぎ出したものを演じ、聴いてくださる。なんという贅沢な時間であろうか。


2015年 1月某日

あけましておめでとうございます。

12月末から松の内まで、楽譜を書きまくっています。
っていうのは、またまたウソだなぁ。楽譜を書かなきゃ書かなきゃと思って、努力してるフリ中。
がんばりすぎると、自分を見失って結果に満足しないことはわかっているので、ほどほどに。

元日に合唱曲をあげ、2日に連弾曲をあげ、3日に謎の雑伎団のリハを済ませ、、、2014年に飛び歩いたぶん(全国で70本を超えるセミナーをやったらしい)、地下にこもってウンウン唸ってるっていうわけです。マリンバ編曲、ミュージカル作曲、書籍執筆、、、まだまだ宿題は山のよう。なかなか片付かないのは、すっかりヘタレになって精神にカツが入ってないせいだと思ってたけど、どうやら体力の問題もあるかも。今年はヒトヤマ越える年。無理せずマイペースで、でも、だからこそ自分に嘘をつかない結果を出そう!

宿題の重圧にはめげそうだけど、こんな幸せな年明けはない!!と感謝して、今年も種々雑多なワクワクを発信していく所存で〜す。乞うご期待(って言っちゃうぞ)!

謎の雑伎団は、「セロカワゆカリ ひゃくいろかがみ」と命名されました。


2014年 10月某日

 夜遅くにホテルに着く。こんなに遅い時間なのに、翌日のご担当がロビーに出迎えてくださる。明日はよろしくお願いします、と、笑顔で何回も繰り返してくださる。よろしく、と言われても、私は音楽の話を、好きなように語って、好きなように弾いて、会場のみなさんと笑いあうだけなんだけど。
 翌日。参加してくださった方々の耳が、眉毛が、背中が、ぴくぴくっと動く。何か感じてくださったかな。何か気づいてくださったかな。何かみつけてくださったかな。
 そしてサイン会をさせていただいて、みなさんが「元気もらいました」「がんばります」「握手してください、きゃー」なんて。
 あー、もう、なんて幸せな時間でしょう。私は好きなことをして生きてるだけなのに。

 各社から、さまざまなオーダーをいただいています。も〜ぉ、みんなぁ、私がこんなにナマケモノなことを知らないのぉ〜。(知ってますけど、何か、、という声も聞こえてくるけど)
 いえ、ほんとうに有難いことです。がんばらなきゃ。あ〜っと、がんばっちゃダメなんですよぉ、頭も心も解き放ってあげないとぉ。うん、でも、ま、ゆるいならゆるいなりに、がんばらなくちゃ。

 動きまくった今年も残りわずか。ナマケモノの書き屋稼業もあとひと踏ん張り。馴染みの筆も新企画も、そして恐れを知らない雑伎団も、パワーアップで行きまっせ〜!


2014年 8月某日

郡上&高山以来、放浪づいてしまった今日この頃。7月はたった4日間の弾丸放浪で、フィンランドへ! 現地カウスティネンには1日半しかいられないという強力なスケジュールだったけど、かねてから行きたかった踊れや歌えの北欧系フォークミュージックの音楽祭を堪能してしまいました。
一人旅って、すぐ感想を言い合える人がそばにいないのはちょっと残念だけど、月並みな感想を言ってその場を盛り上げる必要もなく、いま体験していることとまったく別次元に思考が跳んでしまっても誰にも遠慮する必要がなく、めいっぱい勝手な受け止め方、広げ方をしても心苦しくなく、感動も無感動も笑いも泣きも自分流でよく、そのあまりの自由さが、やっぱりたまらない。
自分で決めて、自分で到達した旅程と、そこから得る数々の体験は、新しいエモーションの「獲得」といってもよいかもしれません。

フィンランドだけでも短くて濃い体験だったのに、月の後半はたった2時間の宮古。そして大雨の小樽。異常に短くて、異常に濃い時間でした。とくに宮古のうに丼と津波の爪痕は忘れがたく、そして宮古から札幌にいたるまでの3つのセミナーと長い長い列車の旅(祝・初青函トンネル)。シビれたス。

というきわめて印象的な旅が目白押しだったにもかかわらず、さらに衝撃的なメンタルの放浪にも出逢っちゃいました。音楽之友社主催ブルクミュラー・フェスティバル。この2日にわたるフェス本番も濃かったけど、その中で開催させてもらった自分のセミナーの新しい試みのために、女優・石野由香里さん、台本作家・ナカガワマサヒロさんと過ごした時間の濃さ、面白さったら。
このナカガワさんという人との出逢いは、ちょっと不思議な心の共通項から始まったのだけど(キーワードはバヌアツ)、なんというか、高山で知り合った放浪のガラス職人師匠にも似た佇まいを持ち、さらに内面の一部に白菜漫伍郎的な肌触りを秘めていて、なにしろ「変」な、着想の人なのである。

女優さんとのコラボ・ステージなんて、考えてみたら演奏家の仕掛け人となることの多い私が完全にパフォーマーに徹するという、普段あまりない体験だったのだけど、未熟なままで臨んだ本番(未熟だからこそ率直だった)の面白かったことといったら。。。 由香里ちゃんの怪演はもちろんのこと、聴衆のみなさんの感性に助けられたことは間違いない。耳を澄まし、感じ、考え、笑い、涙を流してくださったみなさん、本当にありがとうございました。

コラボ年と位置づけた今年。
この8月頭に、奇しくもいくつものコラボが別々にスタートしそう。相手が違えば、それぞれに結果は色とりどりなはず。このたくさんの奇遇に、本当にただただ大感謝なのです。


2014年 7月某日

先日、名古屋セミナーと金沢セミナーの間が1日空いてしまって、東京に帰ってもたいしたことにはならないだろうってことで、すっかり放浪してしまった。

長良川鉄道、そして郡上八幡。ひゃー、この人けのなさったら。もうのーんびりだ! 古い街並みを散歩して、清流を眺めて、美濃和紙屋さんでおしゃべりして、旅館の夕げに舌鼓を打ち、離れにお布団ひいてもらいグッスリ。翌日は、お城に参上、さらに食品サンプル屋さんを冷やかして、郡上おどりの実演見学。。。と、やたらに浮き世離れた1日を送ったのだった。
そして、金沢へのトランジットとしてバスで向かった高山に、我が「さすらいのお気楽者」道の師匠がいたのだ。ふらりと入った小物屋さんの奥で作品を展示販売していたガラス工芸師のオジサン。身一つで各地のクラフトフェアを渡り歩き、歌を歌い、粉ですべての食事を作り、ヒマなら山で温泉を掘るという彼の話が面白すぎて、1時間半も道草してしまったのだ〜。

さぁ、この7月は、さらなる放浪の日々が待っている! 待っている〜! まさに弾丸放浪の旅、プチ旅、ミニ旅の連発。
何を拾ってくるかな。どんな種を自分に蒔いてこれるのかな。


2014年 5月某日

私が今、したいことって何だろう。
名を馳せることでもなく、一攫千金でもなく、優雅な暮らしでもなく。。。

そう、種をね、蒔きたいんですよ。

将来、スミレが咲くかヒマワリが咲くか、
アンズになるか梨になるかわからないけど、
っていうか、たぶんたいがい、ごちゃまぜな結果になるんだろうけど、
ちっちゃい種を、いっぱい蒔いておきたいんですよね。

花が見られなくても、実を食べられなくても、
種を蒔くって楽しいことじゃないですか。

どこの畑に? 春の畑? いえいえ、世界中、日本中、東京中、駒場中、この地下室中の畑に。

新しいコラボが、いろいろ始まりそうで嬉しいです。
すでに始まってるのはイラストレーターのささきちみさん。
今年スタートは、作家で作詞家の山本和子さん。他にも種はいっぱい。


2014年 3月某日

 横浜港南区の区民のみなさんや地元の声楽家のみなさんとご一緒したファミリー・ミュージカル「シンデレラ」、楽しかったなぁ! 去年の8月締め切りだったのに、書きあがったのは今年の1月末。最後の週までヴァイオリンパートを書き足したりして。ズボラな作曲家でごめんなさい。それでもみなさん立派な舞台に仕上げてくださいました。
 声楽家のみなさんのハイ・トーンとコミカルな演技。可愛いシンデレラと王子様。さまざまな年齢層の地元マダムたちが扮した初々しい村娘たち。そして子どもたちが演じる鳩さんたち&ねずみさんたち。もう、キャー、可愛い。
 みなさん、本当にありがとうございました。

 なんといっても区民センターのホールが主催して、しっかりとサポートしてくださっているのがいい。ローカルで温かな場所に、手作りの音楽と歌声と笑顔があふれているのがいい。近隣のみなさんが足を運んで、300席以上のホールが2公演とも満席というのがいい。地域の文化振興、本当に大事な活動ですよねー。

 さ、まだまだ今月も、宿題がいっぱい。音楽を愛するみなさん、育っていく子どもたちのために、ちゃーんと締め切り守って書かなきゃぁ。


2014年 1月某日

あけましておめでとうございます。
とはいえ、ううっ。
キッチンがあまりに狭小につき、いきなりシイタケ、ベーコンが天空の舞、はたまたキャベツ炎上。さらに通い慣れた実家への曲がり角を通り過ぎる、帰りは野性の勘を完全に失って見知らぬ道にだまされる(これはけっこう嫌いじゃない)などなど、元旦からあまりに凡ミスが続き、今年は少しはきちんと暮らそうと(散らかったままの部屋を眺めながら)決意した直後だっただけに、明快に失意のどん底です。
とはいえ、そうだっ。
きちんと暮らそうと思ったことが間違いだったのだ。

というわけで、今年もズボラ一途に、頑固にお気楽に、やっていきまーす!
1月はどうやらたっぷり仕事の山らしいのだけど、自分ではどれだけ忙しいか想像がついていないため、精神的には「うひょひょ」な感じ。すなわち、楽しく地下にこもってます。
2月以降はまったくの未知数。「できひけ」「ぶらぶーら」キャンペーンにつきセミナーはたくさんありそうなんだけど、おでかけは放浪に近いので苦にならないし、きっとこの、他には何も確たる予定の決まってない感が、機嫌の良さの一端を担っているにちがいありません。

目前に迫る宿題の山も「うひょひょ」でかわして、今年もゲンキにゆるゆるパワーで疾走しよう!
2014年が、すべての人々、すべての国々にとって、より佳い年となりますように。
東京の片隅の地下でちっちゃく、深く祈ります。


2013年 11月某日

 ようやく!ピアノ曲集「ぶらぶ〜らの地図」が出版となりました。途中ではいろいろあったけど、久しぶりのオリジナル曲集で、しかもCD同時発売とあって、ほんとに嬉しいです。

 残された人生で、自分がやってみたいこと、やらねばならないことが、少しずつ見え始めた今日この頃……。だからこそ、この曲集がピアノを弾くみなさんを少しでも笑顔にできたら、少しでもゲンキをあげられたらと思うのだけれど、実は、自分自身こそが笑顔をもらい、勇気づけられていることに気づきます。それは、この曲集やCDの制作に関わってくださった方々と、応援してくださっているみなさんの優しさと熱意のおかげ。

 何でお返しするべきか。何で感謝を表すべきか。

 と、真剣に考えながらも、やっぱり今日も、ぶらぶ〜らと、生きていくんだよなぁ。


2013年 10月某日

 10月になって、仕事も少しすっきりしてきて、なんとなくさわやかな気分の今日。
なんだか、いいことがたくさんありました!

 今年はついに10冊もの楽譜を刊行させていただける運びとなりましたが、その最後の2冊が、ほぼ同時にフィニッシュ間近。
私は本当にイラストレーターさんに恵まれていると思うのだけど(それもひとえに出版社のご担当のおかげなんだけど)、この2冊もなかなかユニークです。1冊はヤマハから連弾シリーズの続刊。なんとイラストはスペインの方。そしてもう1冊は全音から初の出版。しかもオリジナル曲集! この表紙も書き下ろしで、本当に素敵で、超・超・楽しみです。

 今日はこのオリジナル曲26曲の英題が決まったんだけど、翻訳家とのやりとりが楽しかった〜! そして明日からは、この曲たちのCD収録です。首尾よくいきますように!

 と、それだけでも、なんとなく↑↑↑な気分だったのに、夕方、親しい若者夫婦から、第1子無事誕生の知らせ! なんてめでたい日だ(^_^)/ 
私も、出張三昧で青息吐息だったこの3カ月に分かれを告げ、さわやかに秋を始めよう。もっともっと、いいことがあるように。


2013年 8月某日

 すごーくサボっているわけではないのだけど、なんだか、いろいろな仕事が押せ押せになって(って、いつもかぁ)、書く仕事がぎゅーぎゅー固まってきちゃいました〜。

  そんなこんなな中、さすがにお盆くらいは、と思い、たった3時間だけ実家に帰省(近いんだから帰省とは言わないだろ)したところ、父から衝撃発言が。
「お前、車、買い替えたらどうだ。そろそろ、きちんとした車に乗ったらどうなんだ」

  そりゃ、いい歳して、赤いジープでもないとは思うんだけど、新しい車を買う余裕もないことだし、いい具合に走ってるし、まだキロ数も若いし、できたらずっと長く乗りたいと思ってたのになぁ。「ちゃんとした普通の車に乗り換えろ。俺の遺言と思ってくれ」……頑固で口うるさいけど、若い頃から服装や髪形やライフスタイルにはいっさい口を出さなかった父だけに、しかも、ジープに乗って10年何も言わなかったのに、果たしてその真意やいかに。
さすがに、もうそろそろ落ち着いて地道に暮らしなさいという暗示かしらん。自分亡き後も、浮つかないで生きろというメッセージかしらん。

とにかく、この忙しさが一段落したら考えるけど、、、とは言ったものの、納得してない私。でも、もしも、もしも、あの子を手放すことになったら、お別れに日本一周ドライブぐらいしたいよなぁ。


2013年 6月某日

 トリゴのリニューアル・サイトにようこそ〜! われらのデザイナーひかりちゃんに頑張ってもらいました!
懸案だったピアノ部ページや探検隊ページの設置、wa!のサイトとの統合も済んで、ホッと一息です。バヌアツ・イベントの報告も、今頃、そーっとアップしてたりして・・・・。
白菜のページもできたのでお気軽にお立ち寄りください。ま、あいつは昼寝してると思うけど。

この6月〜7月は、セミナーと制作のための出張が重なって、なんかもう新幹線で行ったり来たりの振り子運動でござんす。ゆうべは、久しぶりに我が家に帰って、死ぬほど散らかっていて、死ぬほどホコリまみれなのにも関わらず、「わー!ウチだぁー! なんかくつろぐー!」と叫んでしまった。さすらいのお気楽者の風上にも置けないこの発言。家が懐かしいなんて、もう年なのかぁ!

 でも、アクティブが嬉しい気持ちに変わりはないから、7月も頑張るぞー!

 

 ・・・って、執筆は大丈夫なのかっっっ!!???


2013年 4月某日

 去年からあんなに不参加宣言をしていたFacebookとTwitterに、ついに登録してしまった今日この頃。まだ相当ずさんな参加具合とはいえ、なんとなく全貌が見えてきました……。この世界を知らないのも残念だけど、この世界が世界だと思うのもコワいかもしれませんねぇ。それを思うと、テレビはテレビでコワい。知られざる良質なコンサートは残念。本の世界はその両方。メディアって何なのでしょう。
手作りの発信をめざしていた<wa!>が休止状態の今、発信ということについて、いろいろと想いをめぐらせてます。何のための発信か? メジャーになるため? 力を持つため? 仕事をゲットするため? がっぽり儲けるため? 
若者たちならいざ知らず。はてさて私のめざすところは、いずこに?
と、道に迷うのも、実は大好きなんだよなぁ。


2013年 3月某日

 構想?年、企画が立ちあがって1年、ちゃんと働いたのはここ3、4か月、すごくがんばったのは正月休み……の、ピアノブック「できるかな ひけるかな」シリーズ全5冊が、ついにリリースしました! これが完成したのも、5冊同時進行という過酷な作業に耐えつつ、苦楽を共にしてくだしゃった出版社担当しゃん、イラストレーターしゃん、デザイナーしゃんのおかげだひょー。なにしろ、みんなあまりに頑張ったせいで、最後はメールのやりとりの口調が変になってしまったわぉ〜ん。

 この本たちを眺めることで、全国のピアノキッズや先生がたに腰くだけに、もとい、柔軟な発想になっていただき、心ゆくまでピアノの響きと向き合い、楽しみ、繊細な耳と指と感受性を育てていただけたなら、本望です。本のテーマも作りも狙いも、5冊それぞれまったく違うけど、帰着するところはすべて一緒なのですたい。まぁ、とにかく、架空のトロッポロ星に住む、各巻の不思議なナビゲーターたちと仲良くなってくださいまし。

 わが身を振り返れば、今まで、好きなことを仕事にして、ずーっとお気楽な人生を送ってきたわけで、真に世の中に役立つお仕事をしてなくてすんません、、、農家のみなさん、おまわりさん、お医者さん、看護師さん、その他の大勢のみなさん、ごめんなさい、、、という気持ちがいつもあったのだけど、実は今こそ(今頃!)、音楽家の使命というものがいかに大切かということに気づかされつつあります。音楽の真の力は、癒しとか励ましとか、そういう表層的、一時的なものだけではなく、人間の根源に関わる重大なところにあるのではないか、とすら思い始めています。そのくせ音楽ときたら、ちっとも深刻じゃなく、しなやかで優しくて……。娯楽の顔をしたこのいたずら者め! 

というわけで、しゃあない、今年もお気楽に、このいたずら者と付き合っていくかぁと思う私なのでありました。



2013年 1月某日

 あけまして、おめでとう、ございます。

 今年は、なんだかんだ言いつつズルズルと年越しを一緒に過ごす親友とも都合が合わず、その代わりに、と彼女が誘ってくれた年末のスパも、改めて声をかけてくれた年始のスパも、仕事が佳境なのを理由にパスしちゃって(スパをパスって回文だ)、近年になく坦々としたお正月でした。
元日の午後に実家で、90を超えた父や伯父、86歳(本人は内緒にしている)の母、従姉、兄家族たちと、飲めや歌えの大宴会になった以外は、年末も年始もじっくりと地下にこもっていて、なんかすごーくたくさんの小さな歌や曲を書きまくってしまいました。
というのはウソだなぁ。すごーくサボりまくって、逃避して、ちょっとため息ついて、コーヒー飲んで、さらに年末年始働いてくれてる外注さんと連絡とったり譜面を送ったりして、で、その合間のごくたまーに曲を書いていました、というのが真相かな。
それでもずっとこもってると、何やらできた譜面がやたらとたまってくるもんで、結局いっぱい書いたみたい。書き直しもいっぱいしたみたい。書きすぎて、今ふと口ずさんでいるメロディが、どの仕事のどの曲だかわからなくなり……^^。
メロディのみならず、タイトルもいっぱい作りました。この作業はいつも楽しい!!

 2013年の年頭に思うこと。
ひとりの人間にできることって、ほんとうに微々たるものです。今までいろいろ立ちあげたり行動を起こしたりしたことのどれをとっても、なかなか思うようには結実していきません。もっとたくさんの人々と語り合いたい、分かち合いたいと思っても、個人の力には限界がありますよね。今までの数々の断片がそろそろスパークしてきてもいい頃なのに、まだ何とも頼りないというのが実感。
何かみつけなくては。何か形にしなくては、と、かすかな焦燥を感じます。ついこの間、思いきり表明したSNS不参加宣言も、さっそく撤回しようか、なんて思っちゃったりします。もしも、そこに突破口があるのなら。
でも、だからといって、理想だけあってバーチャルなものでは意味がない。見せかけだけ、上滑りなだけ、自己満足なだけでは意味がない。しかも、面白くなくては意味がない。何よりまず愛が、真心がなくては意味がない。大事な「そこ」を伝えられなければ意味がない。
……なんつって、結局、何を言ってるのかわからないですねー、我ながら。そう、自分でもまだポイントがつかめてないんです。うん、それが正直な状況かなぁ。伝えたいこと、というより、伝えなくてはいけないこと、伝える使命があるはずのことが、ボーっとそこらへんに見えてきている。だが、それをどう形にしたらいいのか、誰にどう伝えたらいいのか……。

 だからさぁ、その方法をみつけてみろよ、
ということなのかもしれませんね、今年って。


2012年 11月某日

 秋のある日、なんか、どうにも地下にこもっていられなくなっちゃった私は、えーいっと仕事をなげうって、びゅーんと、湖畔のホテルに泊まりに行っちゃいました。ラウンジ・パスポート付きのロングステイ・プランで、翌日午後2時のチェックアウトまでのーんびり。何回もラウンジに通い詰めたもので、ウェイトレスさんにすっかり顔と名前を覚えてもらいました。
なんと、占いで「出会いは吉!」と出たもんで、よぉし、何かいい出会いがあるぞぉと思っていたら、ま、イケメンとは出会わなかったけど、おいしい空気と湖にきらめく夕陽のおかげで、何やらしっかりと、創作意欲と出会って帰ってきました〜。

 と、思っていたら、帰り道で、とても幼い頃に家族で泊まりに行った旅館の前を通ったんですよねぇ。あれはもう、何十年前のことだろう。鮮明な記憶はほとんどなく、後で見た写真のおかげで覚えているような気になっているのかもしれない。祖父も祖母もいて、両親と兄がいて、浴衣を着てふざけている自分がいて。あー、あのとき私は、あんなふうに家族の温もりの中いたんだなぁ。私が今ここにあるのも、面白おかしく仕事をして音楽と向き合っていられるのも、家族に愛されてすくすく育ったおかげなんだなぁ。という気持ちがこみあげてきて、思わず涙がこぼれそうになりました。おい、創作意欲に出会ったなんて、チャンチャラおかしいぜ。自分の力でここまで来れたと思うなよ。
私がこの日、本当に出会ったのは、遠い昔に自分を育ててくれた、自分自身の根っこなのでした。


2012年 9月某日

 私が今のところSNSに手が出ない理由は、前言撤回しなきゃいけないような失言をしそうなため(よく周りにたしなめられる)、人の発信を笑ったり怒ったりして1日の大半を費やしてしまいそうなため(ただでさえ仕事を逃避しがち)、胸の想いを熟成前に吐露してスッキリしてしまいそうなため(悶々とするからこそ書く仕事に意味が生まれるのに)。

 ということで、もしSNSをやっていたら即アップしたかもしれない、最近シビレたコトは……?!
・北海道在住の後輩ちひろん夫妻と見たヒマワリ畑
・お醤油やさんが作った調味料「ちょっと贅沢なたまねぎの誘惑」
・チェンバロのジャックが往きは弦をはじくのに帰りは弦に触らない仕組み
・初音ミクが歌う「桜ノ雨」
・七里ガ浜商店の美味しい買い食い
・淡路島、日帰り!

 あー、淡路島の玉ねぎ、食べたかったなぁ。


2012年 8月某日

 「白菜教授のミッドナイト音楽大学」を読んでくださった感想が少しずつ届いてます。笑えた、泣けた、救われた、最高!などと言っていただけるのもとても嬉しいけど、ここに強く共感しました、と一文をあげてくださるようなコメントには、ほんとうに励まされます。そこかぁ、なるほどぉ、なんてね。
みなさんに、何かひとつでもいいから、引っかかっていただけたら嬉しい。引っかかって、周りの人々と議論していただけたら嬉しい。議論したり思い悩んだりする中で、私にはできなかった発見をしてくださったら、もっと嬉しい。
あー、でもその議論には、私も参加したいよなぁ〜。え?とか、へぇ〜とか、うひょー、マジとか、そうだよねーとか、たくさん言いあって、最後には互いに拳の甲をトンとぶつけながら微笑みあいたいです。

 つい一昨日、今なお苦境にある福島、そして東北を想って、短い1曲を書きました。「FUKUSHIMA 〜ただ美しかったあの場所へ〜」 小さな小さな想いではありますけど、ね。


2012年 7月某日

 今週は、いくつか「ケリ」ってものがついて、やっとオフィスと自宅の掃除ができるかな、と思いきや、どうやら、忙しいから片づけられないのじゃないらしい(そんなことは前から知ってる、と周りから突っ込まれるな、こりゃ)。

 とにかく、レコーディングやら研究会やらで、こどもたち向けの合唱や歌が2曲アップ! 来年発売予定の教材シリーズのモニター用パイロット版がアップ! ピアノ曲連作が5曲アップ!(あっ、こいつの清書が終わってないから宿題感が晴れないんだなぁ、きっと。それができたらピカピカになるわよぉ。絶対。きっと。たぶん。ひょっとすれば)

 そしてそして、拙著「白菜教授のミッドナイト音楽大学」が、ついにリリース。長かったなぁ。出す出すと言って、ほとんどオオカミ少年状態でした。去年の8月のP☆パレ・ライブで予告したのを覚えているから、9割5分できてから1年も経っちゃった。でも、こめた想いは新鮮なままです。軽くて重い、浅くて深い、ちゃらんぽらんで真面目なこの一冊。どうか好きに読み下して、好きに笑い飛ばして、好きに活用してください。この本が役立つかどうかは、著者でなく読者の力量にかかっているのですから!(ホラ、また適当なことを言う〜〜!)いや、まぁ、とにかく、お手にとってみてくださいな。


2012年 5月某日

 トイピアノには、なんだか縁がある。カワイのミニピアノを南太平洋のバヌアツ共和国に持っていって、野外ライブで弾いたり小学校で授業して寄付したり、先般発売のシンフォニック連弾パーティーでは、トイピアノ・パートを作ったり。それもこれも、トイピアニスト須藤英子さんが、我らが地下アジトの小研究会、地底派探検隊の研究発表に参加してくださって以来の縁なんだけど、今度はその英子さんのCD録音でアレンジをさせていただいたわけで……。

 一時はトリゴがトイピアノだらけになり(英子さん所蔵のカワイ&シェンハット&ヴィラック計4台!)、頭の芯もトイピアニスティックになりまして。で、さらにはトイザらスにてオモチャも投入。レコーディングは、ディレクター、エンジニアまで巻き込んで、オモチャの合奏大会になっちゃいました。はてさて、仕上がりやいかに。

 最近は、1年かけての長期計画教材づくりや、コンサート・チューン作曲など、例年とはだいぶ違う雰囲気の毎日で、ついには田んぼの歌まで作っちゃうかもしれん。農業と音楽? 新しい刺激はありや?なしや?


2012年 4月某日

 いまだ根強い不景気のおかげか、トリゴの制作の仕事もセミナーの依頼も少ないうえに、学校勤めもレッスンもしていない私としては、もはや、こもって譜面を書いているしかない……というわけで、いつになくインドアな生活を送ってます。ま、お金がないので、気ままな放浪もできませんしね。あー、グアテマラの空は遠い……、ニカラグアもコスタリカもパナマも遠い、ましてやキルギスは夢のまた夢……。

 ってことで、地下のオフィスでずっと譜面を書いていて、おいおい、オマエは作曲家か、と思うような生活をしている(あー、やっと自分を作曲家と呼べる日が来たのか……、と、感慨深いデス。今まではただのお気楽者としか言いようがなかったんですけど)。

 が、しかし、譜面を書いていると、すぐに才能が枯渇して、そういう自分と向き合わないために、逃避の山を築くことになるわけっすよ。もう名刺も刷ったし、Macのバグとも闘ったし、FinaleとSibeliusの最新バージョンも相当使いこなしたし、幾多のゲームにも熟練したし、iPhoneとiPadとMacのクラウド化もそこそこ機能したし……、なんて書くと、極端にデジタル人間のようですね。なんかこの、もうちょっと、たとえば逃避のおかげで大掃除できちゃうとか、ダイエットできちゃうとか、そういう有意義な逃避はないもんですかね(でもね、健康的で生産的で建設的なものは、あんまり逃避にならないんだよな、これが)。

ま、そんなこんなな無駄な逃避たちを山のように積み重ねたおかげで、ごく直近では、ピアノソロ用の小さな子守歌と、今年の合唱ができました。あー、疲れた。もとい、あー、楽しかった。もとい、あー、苦しかった。もとい、あー、面白かった。もとい、あー、しんどかった。もとい、あー、気持ちよかった。
って、うーん、なんなのかしらね、この生活。結局、どっちみち極楽とんぼのお気楽者ということですかね。引き続き、CD録音に向けて、おもちゃの楽器で編曲してまっせ〜。

 そうそう、最近の父のお気に入り曲は、昔懐かしい「ケ・セラ・セラ」でして、ま、そういうことでしょうな、私もね。
わってばー、うぃるびー、うぃるびー♪


2012年 2月某日

 掟破りの5人ピアノバンド、「P☆パレット」の中目黒・楽屋ライブシリーズ第2回も無事終わりました。とにかくお客様が盛り上がってくださいました。ありがとぉ〜〜!
 びっくりしたのが、中学時代の友達がたくさん来てくれて、いつもの飲み仲間とも、ひっさしぶりのクラスメートとも会え、さらに担任の先生までいらしてくださったこと! この歳で、先生からの応援だよ、嬉しいよねー(先生、私たちよりメチャクチャ元気だし)。
ライブ自体は、楽しかったナンバーも、ズッコケたナンバーもあったわけだけど、こうしてみなさんと音楽を共有できることで、私にとっては得るものが山ほどある。それを想うと、一緒にステージを作ってきてくれたPパレのメンバーには本当に感謝しています。

 ライブのみならず、旅もまたそうだし、好奇心発動の体験もそうだし、こんなふうに、ふと思い立ってよっしゃぁと腰をあげたことは、必ず貴重なものを残してくれる。どう考えても無駄なことばかりで飛び回っている私だけど、それが音符に跳ね返ってきてくれるはずなんだ。

 そう思うと、よい音楽を創るために人生を豊かにしようとしているのか、人生をより豊かに生きるために音楽を続けているのか、わからなくなる。ま、どっちでもいいんだけどね、幸福なことには変わりないから。

 今年の仕事のパートナーとして、すてきな作詩家さん、イラストレーターさん、デザイナーさん、ピアニストさんとめぐり合いました。嬉しいね。


2012年 1月某日

 あけまして おめでとう ございます。

 今年は、例年一緒に年越し企画を決行している友人と、房総のオーシャンビューの宿で海の幸を楽しみつつ、のんびりと温泉につかって2012年を迎え、暖かい部屋で海からの初日の出を拝み、宿の美味しいおせち料理に舌鼓を打ち、いざフェリーで東京湾を渡って一路ヨコハマの互いの実家へ年始に!という実に素晴らしい計画を立てて見事に挫折し、代案の都内でスパという企画もあえなく挫折し、ヘリで東京夜景クルーズなんていう冗談は最初から予算がなく、ゴージャスな大晦日ディナーという目論見もはずれ(ま、親友が風邪だったというせいもあるんすけど)、結局のところ、彼女のウチで酒も飲まずに(車で帰るんで)冷凍庫のフグで鍋をやって、何年ぶりかで勝手なことを言いつつ紅白を見て、クリスマスの残りのチョコやお菓子をさんざん食べ、くさやのチーズまで食べ、あれこれしゃべっているうちにいつの間にかカウントダウンもしないまま年を越しちゃってて、大慌てで年越しそば代わりの「ミニ緑のたぬき」を半分こして(だって、いい加減おなかがいっぱいで!)、「近所に神社があれば初詣でにでも行きたいけど、引っ越しだばかりでわからないんだ」「だって風邪なんだから夜中にウロウロしてる場合じゃないっしょ」ってなことを言いながら、またずるずる時が過ぎ、深夜を相当回った頃に重い腰をあげて環6をすっ飛ばし、大掃除もせず変わり映えなく散らかっているウチに帰る、、というような、実にずるずるした年越しでありました。(んなこと、いちいち全部ここに書かんでもよいとも思うが)

 というわけで(どういうわけでもないが)、今年もどうぞよろしくお願いします。

 ひと眠り(というより爆睡)してから出かけた実家で、若い頃は歌などあまり歌わなかった91歳の父が、家族に囲まれ上機嫌で朗々と歌を歌っていたのが、いちばん正月らしくてホッコリしました。彼のオハコは「八戸小唄」と「モン・パパ」で・・・。♪つるさん、かめさんっと。


2011年 12月某日

 妄想ピアノ部のクリスマス・パーティーも、例年のごとくやんややんやの盛り上がりのうちに終わり、今年の予定も無事終了・・・なーんて思いきや、けっこうすい臓の裏側のあたりが緊張している今日この頃。
トリゴの仕事はパッタリと不景気で、いつもお正月返上で頑張る制作もまったくナシ! ヒマだぁ、お手上げだぁ……のハズなのに、なんなんだこのおののきは。。。!

 と、思い、よーく考えてみると、委嘱作曲、書籍執筆、曲集シリーズ企画、連載企画、ステージ・プロデュース等々……、ありゃりゃぁ? けっこう重たく「マジ」な仕事、いっぱい抱えてるじゃん! と気づく。恐るべし2012年。こりゃ、うかうかしてられんのやないか。見て見ぬフリもそろそろいい加減にしないといかんのやないか。そりゃもう、大腿骨のカーブのあたりがむずがゆいのも無理ないんやないか。

 責任ある難儀な仕事の重圧にも関わらず、ふんわりした嬉しさも漂っているのは、それぞれの担当者や関係者の方々が、一緒にわくわくしてくださること。「頼むぜ、オマエ」と叱咤してくださること。「おもしろいです!……ぷぷぷっ」と吹き出してくださること。

 そんだけ面白がってもらっても、そんだけ叱咤してもらっても、結局ノウテンキにボンヤリしている、この仕事無精ぶりは、どうやら自分が生み出したキャラたちとそっくりなようだ。ズボラで怠け者の作曲家・白菜漫伍郎。昼寝ばかりしている女流作曲家・夜畑ブラリ。どちらもまさしくセロリの分身。
 でもなんといっても連中がうらやましいのは、私が原稿の中で「素晴らしい曲を書き上げた」と書けば、彼らの曲が書き上がることだ。……現実の自分は、そうはいかんもんなぁ。
 来年はもうひとつドジで間抜けなキャラがスタートする。それこそがセロリそのものかもしれん。


2011年 10月某日

 仕事先の京都で30分くらいタクシーに乗る機会がありました。運転手さんは、がっしりした初老の紳士で品の良い語り口。仕事先でチャーターしてくださったタクシーだったので、ホテルに横付けして荷物をトランクに入れた後、発進してから「……セロリ様ですね」と数回、品良く確認された^^。
それから30分、彼の京都談義は本当に面白かった! 観光案内ではない。話題が京都の豪族の話になったことから、私が「なぜ平安京はこの地に造られたんでしょうね」と質問したら、平安遷都のいきさつや人々の思惑、地名の由来などを、非常にわかりやすく明快な口調で講義してくれたのでありました。語りすぎず冗談めかさず堅苦しくなく情報はきっちり。あぁ、伝えるってこういうことだなぁ・・・! 教えるってこういうことかぁ・・・!
彼は九州出身で地元で仕事していたのだけれど、どうしても京都に住んで京都で働きたくて、脱サラしてタクシーの運転手になったのだとか。京都が第二の故郷なんでしょうねぇ。こういうふうに、心底きっちりと町を愛するって素敵なことだなぁ…と思ったのでした。
京都駅に着いて、彼はトランクから私の荷物を出し、まるで執事のように折り目正しい一礼をしてくれました。なんか、えらくかっこよかったなぁ。

 その次の週、仙台では若手の指揮者さんの素敵な仕事ぶりに触れることができ、それもなかなかGood体験でした! みんないい仕事してるよなぁ。
私はといえば、地下で逃れられない締め切りにプレッシャーを感じながらも、こうして寝言を書いて逃避している次第。いろいろ考え込むことも悩ましいこともあって、このところどうも集中を欠いている。うんうん唸った末、音符でも文章でも、気に入った一節が浮かぶと「よしっ」とばかり上機嫌で隣のパン屋にレーズンチーズパンを買いに行ってしまう。そして、次のお気に入りの一節を生み出すまで、またうんうん唸りながら逃避の種を収集する……。という、誠にへタレな私なのでありました。


2011年 8月某日

 「月刊ぴあ」が休刊になった。
その40年近い歴史の中で、情報自体、伝えること自体のエンターテインメント性、発信側と受信側の一体感、メディアの公平さと編集意図の共存といった、新しい可能性と「ノリ」を示してくれた貴重な雑誌だ。この手作り感とバランス感とスパーク感は、今の多くのメディアやネットワークや起業やイノベーションの先駆けともいえるだろう。その発想とセンス、冷静と情熱、知恵と遊び心は、未来の若者へ大切に引き継がれていってほしい。。。。なんて、最終号を手に、感慨も新たに思ったのでありました。

 さて、8月31日のP★パレット@楽屋ライブは、あっという間に満席となり、まことにありがとうございます。久しぶりの準備を楽しんでます。
しかしながら、もうひとつの夏の楽しみだったイタリア取材は、残念ながら諸般の事情で中止。精魂をかたむけ、仕事をないがしろにしてまでみっちりと旅のプランニングをしていたので、かえすがえすも残念無念。丹念に選んだ格安ホテルも航空チケットも、北半分縦断プランに欠かせなかったレンタカーも、すべて予約と同じくらいの時間をかけて涙のキャンセル。2週間の旅はたった二日の群馬温泉旅行へと変貌をとげたのでありました。しかしですよ、取材はナシでも、妄想で曲は書けるのよ。見てらっしゃい。聴いてらっしゃい。

 というわけで、暑い東京で、厚い五線紙と原稿用紙(って、どちらも基本パソコンの中にあるんですけどね)に、篤い心で、ただただ熱く、向かっている毎日なのであります。はい。


2011年 6月某日

 しばらくご無沙汰だったピアノバンド「P★パレット」のライブを決行することにしました! 8月31日、夏の最後の夜。場所は、中目黒のライブハウス楽屋。
そのココロは、というと、震災復興応援の気持ちを持ち続けるための、2年間で5回のシリーズ・ライブ。一応、人並にチャリティ的な意味合いもあるんだけど、金額からいえば大した成果が見込めないこともわかってるし、応援の気持ちだけあっても何の役にも立たないこともわかってる。でも、少なくとも最低2年間は、鮮烈な想いを忘れない機会を持ちたいと思ったわけです。もう忘れかけそうな今だからこそ。
そして、お金が集まったとして、それをいったい誰に渡すのか。それもこの目でしっかり見据えて、しっかりと決めようと思います。結局のところ自己満足なのかもしれないけど、前を向いて生きるためには自己満足も必要。それならせめて、少しでも効力ある自己満足となるように。

 ま、というわけで、お馴染みメンバー5人のキャビキャビなミーティングが、すでに始まっております。めくるめく、でもヘナチョコな、でもひたすら楽しい夜をお届けするために。

 もうひとつ夏のお楽しみはイタリア旅行。前半は久しぶりに親友と二人旅。後半は作曲へのインスピレーション獲得のための一人旅(ちょっとイッチョマエじゃんか)。なにしろ30年ぶりのイタリアだ。めちゃくちゃ楽しみではあるけれど、一方で成果を生み出す重圧と闘う日々となるのかも。はてさて、漫伍郎チックな放浪となるのか???

それまでにはぜひ、「白菜教授」リリース、new連弾パーティー出版、そして合唱「ポゴ・ニッチ」を、こどもたちの声で聴きたい、と思うんだけどな。


2011年 4月某日

 バヌアツの夜にゆうすけが野外フェスで歌ってくれた「AGAIN」が混声合唱曲になり、その録音が届いた。20年も前に、消えゆく美しい森や水辺に想いをはせて書いた曲。それが、今なお美しい森や水辺を大切に守りながら暮らしているバヌアツの地で音になったことを喜んだのに。。。
日本で失われていく自然(自然そのものが惜しいというよりも、環境とともに自然体で緩やかに暮らしていく人々のナチュラルな心が失われていくことが惜しいのだ)を、今も大切にして生きていてくれたのは、東北の人々ではなかったか。。。その人々を大地が襲い、海が襲い、人智の結晶(であるべき)の文明そのものが襲いかかる。壊滅すべきは都会ではなかったか。。。海外の人々が苦難の中で毅然としている日本人を褒めたたえるのは、それが東北の人々だからではないのか。都会の人間にそんな生き様ができるのか。

 テレビに映し出される惨状に胸のつぶれる想いをしているだけでは、無事な人も元気な人も、みんなへこたれてしまう。日本中の人々が注目した東北から、ぎゅーっとズームインして、自分の内側をこそ、ちゃんとのぞいてみる強さを持たなくては。
そして、次には、ぎゅぎゅぎゅーっとズームアウトして、この過酷な被災地と同じかあるいはそれ以上にむごくひどい日々を余儀なくされている遠い国々にも想いを馳せる胆力を持たなくては。

 生きる、ということは。


2011年 3月某日

 震災。
数年前に、病で逝く友を想いながらも、何もできずに祈るしかなかった、あのときの歯がゆさ、悔しさが、1万倍になって襲ってくるような気がします。

 いったい音楽が何の役に立つんだ?
いやいや、音楽には果てしないパワーがある。ミラクルな効力がある。でも、じゃ、音楽屋は何の役に立つんだ? たった今、命を掘り起こしてあげられない。たった今、お腹をいっぱいにしてあげられない。

 そんな焦燥を、周りのミュージシャンたちと分かち合っています。もちろん!これから復興へ向けて、音楽家が手伝えることはいくつもある。もう立ちあがっている人々もいる。
でも、音楽で飯を食うって、いったい何だろうなぁ、と、一度は自らを省みて歯噛みした音楽家は少なくないはず。

 今、私たちにできるわずかなことは、その想いを無駄にしないで生きていくことかな。

じっとこらえて、でも夢を失わず。足を踏ん張って、でも地を這わず。友を想って、でも打ちひしがれず。力を惜しまない、でも無駄には動かず。買いだめ禁止、でも経済の活性化への寄与に臆せず。一歩一歩確かに歩みながら、でも浮遊する陽気さをいつも胸に。


2011年 2月某日

 暮れに伯母が亡くなって葬儀などで実家に滞在し、年内に頑張ろうと思っていた仕事が停滞したため、元日にオフィスにとんで帰り、以来、ふと気がついたら1月前半は2週間ものあいだ、ず〜っと地下にこもっていました。その間、出会った人しゃべった人は、コンビニ兄さんと宅配おじさんのみ! それって、けっこう新鮮だったなぁ。来る日も来る日もこもってこもってこもって。このまま、モグラになるかと思った。
ところが1月後半からは、怒涛のように外に出続け、完全に空飛ぶモグラになりました。
しかもその頃から、あちこちの仕事に予期せぬトラブルが続発! なんとかめげずにひとつひとつ時間をかけ、誠意と忍耐で対処、汗かくモグラとなったのでありました。

 そんなわけで、もぐったり空飛んだり汗かいたりの凸凹な新年だったけど、やっとどれも解決し終結して、合い間の突発レコーディングや単発イベントも無事終わって、さぁ、ようやくこれから腰を落ちつけて、懸案の執筆や作曲にじっくり取り組むかぁ……。

 と、思った矢先、呑み会の誘いが何件も怒涛のように来襲。あー、世の中ってままならない〜〜!! わーん、手帳が埋まる。(埋めなきゃいいじゃん)


2010年 12月某日

 今年の妄想ピアノ部のクリスマス・パーティーは、めっちゃ盛り上がって、楽しかったっす。野菜部員が20名も集まって、狭いトリゴで弾いたり聴いたりクイズを楽しんだり。
しか〜し、1本指連弾(つまりピアノ立奏ですな)をして腰が痛くなった若い女子大生のエリンギをからかっていたら、翌々日から自分が腰痛病みになってしまった。えーい、なんだこの年寄り臭さは。こうなると、ふだんやらない掃除などがしたくなって、「あ〜、腰が痛いから掃除もできない!」なんて悔む自分は、どないやねん、と。

 そんなことより、最近印象的だったのは、アフリカ映画を計4本も立て続けに見たこと。ブルキナファソはもとより、南アフリカ、ルワンダ、ケニア、ベナンなどの作品だ。これがなかなかパンチが効いていて、めちゃくちゃ跳んでいて、パワーがある。ウィットも上々、笑わせるし泣かせるし、胸の奥を深く突く。
アフリカの若きクリエイターたちには、ぜひ言いたい。アフリカよ、元気に叫べ! たゆまず叫べ! 届くまで叫べ! 
これらの作品を見るきっかけになったのは、アフリカ作品を一挙に35本も上映したシネマアフリカ2010。そうそう、後日お会いした、この活動の代表 吉田さんも、自然体の笑顔がチャーミングな素敵な女性でした。

 今年ももう、あとわずか。
来年の私は・・・、えーと、またオチャラけてみますかね。懲りずに。


2010年 10月某日

 この1週間、かなり面白いことが続いてます。
まずは四国の旅。なにせ小学校にコンサートしに行って、こどもたちと一緒に給食を食べた! いったい何十年ぶりの給食???
メニューは「かつどん」なんだそうだけど、え、どこが? 残しちゃいけないですよね、やっぱ。これをお茶じゃなく牛乳で流し込むというところが、給食らしい。でも、こどもたちとのおしゃべりは面白かったですよ。みんな、かなり必死でかつどんと取り組んではいたけれど。
コンサートはオランダ人のルイさんとのコラボで、これもなかなか面白かった。学校コンサートなんて初めてのはずなのに、こどもたちとリズム打って一緒にワヤクチャになっちゃう感じって、なんだか最近、どこかで体験したぞぉ。。。と思ったら、それはバヌアツのエラコール小学校の教室でした!
そのほかにも、松山や高知の先生たちと交流したり、セロリ連弾を何曲も弾いてもらったり、妄想ピアノ松山部員たちとお城に遠足に行ったり道後で足湯したり・・・。仕事が押せ押せになってる割には、かなり遊んでいるなぁ。高速バス、秋祭りのお神輿のせいで松山発がすっかり遅れたにも関わらず、暴走するわけでもなく、きわめて安全運転ながら、時間ぴったりに高知に着いた、その若くて華奢で楚々とした風情の女性運転手にも感動しましたぁ〜!

 さて、体育の日は、鎌倉浄明寺の田楽辻子のみちを練り歩く、謎の田楽復活の笛太鼓を楽しんだ。我が友、松尾慧さんのマジカルな笛の音が、秋の鎌倉に響き渡って、いにしえの神を呼ぶ! まさに魔笛。そう、地底派探検隊の出張探検でのヒトコマなのでした。太鼓の若い衆がイナセでカッコよかったっすねー。やっぱりこういう音楽の姿は素敵。そうそう、こういうの!って思ったよね。うん。

 そして一昨日は、今年の書き下ろし合唱曲「だいじにしなくちゃね」のレコーディングを控えて、NHK東京児童合唱団のリハーサルを野次馬。いや、こどもら、ウマい! えらい! スゴイ! ほんと、歌ってくれてアリガトウです。
今年は何故か合唱に縁があり、旧作ソング「AGAIN」を、ゆうすけがバヌアツのフェスで歌ってくれたことがきっかけで、この曲、なんと混声3部合唱になりました。この2つの合唱曲、偶然ながら、同じテーマを扱った歌詞・・・。そう、想いよ、届け!

 そして、そして、我が愛しの白菜漫伍郎がデビュー間近。はてさて、首尾よくいきますかどうか・・・?!


2010年 7月某日

 6月、バヌアツ・イベント無事終了。「でかけヨット」初めての大きな会場、すべて手作りのステージ、手作りの展示、手作りのプログラム。
驚いたことに150人近いお客さまが足を運んでくださり、しかも不手際も詰めの甘さもすべて呑み込んで、たくさんの笑顔と拍手を返してくださった。その反響はもちろん、若い旅の仲間や学生さんたちやバヌアツ娘エリザベスや友人たちが惜しみなく提供してくれたパワーも知恵も愛も情熱も、本当にありがたく、感謝。。。していながらも、さて、これからどうするのだろう。。。次はどうするのだろう、このままのノリで進んでいっていいのかな。。。という、自分でも意外な余韻に陥ってます。

 もちろん、次はコレだ!という無謀なプランを、ちゃっかりすでに温めているくせに、さ〜て、だけど、どうなの? そろそろ「どうしたい」じゃなく「どうするべきか」も考えなくちゃいけないんじゃない? なんて自問自答。らしくない。。。……ま、しばらくは、幸福な興奮と疲労に酔いながら、少しボンヤリ考えることにしよう。

 と思う間もなく、イベントが終わったとたん、初フィンランドと一年ぶりのパリへ半取材、半休暇の旅に出発。さんざん盛り上がったバヌアツ的&ゆうすけ・ようすけ的ユルノリの南太平洋デイズと、ヨーロッパ文化&音楽教育探訪に満ちた一週間の知的な旅との落差には、正直なところ、さすがに目がクラクラした。このブレのひどさが我が人生かなぁ、と実感しつつ。

 で、久しぶりに落ち着きを取り戻すはずの7月は、創作・執筆も佳境ながら、半分くらい地方出張で、結局、落ち着かない。それでも福井から高知へ移動という長い列車の旅は、なかなかオツだった。ぶるぶるっと身震いしてからヨっコラショと動き出す3両しかない特急は、いかにもローカルで、新幹線の数倍は旅情がある。やっぱり飛ばしすぎ急ぎすぎは風情がないよなぁ、と、ユル旅に浸ってるはず……が、どうしてどうして、何の因果か、そんなときほど頭の中は忙しくいろいろなことを思いついちゃう。ローカルな座席で暗い車窓をながめながら、あ、こんなこと面白そう、あ、こんなことやっちゃおうかな? と。……うーん、まだまだ奔放のネタはあるらしい……! 新しいアイディアに出発だ。


2010年 5月某日

 バヌアツ・イベントが近づいた! ブルキナファソ、ラオスに続く「異国の風号<地球旅行、でかけヨット!>」の第3弾。
今回、今までと大きく違う点は、たくさんの学生さんたちがそれぞれの分野でバックアップしてくれていること。さらに旅の友のアートな若者たちが誠心誠意参加してくれていること。これ、なかなか新鮮です。全体ミーティングができない一抹の不安をよそに、各班が着実な準備活動を進めてくれていて、これがイベント当日、ジグソーパズルのように結実するかと思うと、ほんとに楽しみ。札幌からはチャーミングなバヌアツ娘エリザベスも参加してくれるし、熱い男HIROさんも帰国だし。

celeri

 いっぽうでは執筆、執筆。こんなに夢を抱えた執筆も珍しい。妄想もここまでくれば、立派な現実?!
新しい部屋づくりも、遅々としているぶん楽しみが長いともいえる。会社はジリ貧。でも口笛吹いていくかぁ。両国で大相撲観戦、なんていう刺激的なオマケもあったことだし。


2010年 3月某日

 引っ越しをした最初の夜は、まだカーテンがなくて無防備な窓だった。なんだか貧乏臭い夜になるかと思いきや、最上階(といっても5階だけど)はバルコニーの屋根がないため、ベッドからいきなり空が見える……。満月が見える……。これはちょっと、砂漠のテントに寝ている気分だ。月のウサギの影が妙にエキゾチック。
そして、今までより少し狭くなった部屋は、最上階だから梁が斜め。こっちはちょっと、パリの屋根裏気分だ。
そしてそして、いつまでたっても片付かない段ボール箱の山に埋もれて寝ていると、まるで密輸船の貨物室に潜り込んでいるようなワクワク感。
そしてそしてそして、段ボール箱を右に左に動かしながら、どこに隠れているかわからない今日の必要グッズを探していくのは、まるでパズルのよう。かろうじて出てきたアイテムを組み合わせ、なんとか準備して地方出張に出かけていくのは、まるで脱出ゲームのようだ〜〜!

 というふうに、不便をエンジョイさせてくれる超コンパクトな寝床部屋にくらべて、バスルームは極端にリッチ! 自動水はり、自動追い焚きの浴室アナウンスが「ピンボーン、お風呂が沸きました!」と深夜に優しく告げてくれるのが、哀しいような嬉しいような……。
そうかと思えば、逆開きのほうが便利としか思えないドアや、極端に奥行きのない冷蔵庫置き場や、間口が狭くて奥行きが遠〜いゲタ箱などに、「これ、どう使うんや!」と突っ込みを入れながら暮らすのも、なかなかオツです。

 なんといっても最高なのは、部屋にくらべたら贅沢に広いルーフ・バルコニー! これは気持ちいい! 朝日とともにヨガをし、午後の風とともに読書をし、夕焼けとともにグラスを傾け、星空の下で想いにふけるのだ。そりゃもう、素晴らしいの一言につきる。
……という生活を夢見ながら、積んだ段ボール箱に阻まれ、いまだにバルコニーの出口までたどりつけない日々なのである。

 6月はバヌアツ・イベント決行。また若い仲間がたくさんできた。地底探検隊も順調。そしていまは、新しい執筆物の主人公、白菜教授の妄想と対話するという、極端に外向きで極端に内向きな毎日でもあるのです。


2010年 1月某日

 寝床の引っ越しを決めた! 
といっても、ほんの100m。今のマンションのオーナーさんが、どかんと建てている新築。まだ工事中だけど、ヘルメットかぶって現場見学! 家賃もほぼ同額だし、駐車場も使わせてくれるっていうし、今の契約の継続扱いという条件だし、ただでさえ近い仕事場には、なんと100mも近くなるし。
まぁ、この厳しい状況下、ぜいたくできる身分じゃないけど、しかも、のんびり引っ越しなんかしてる場合じゃないだろ、と、後ろからバコンと叩かれちゃいそうなくらい、あちこち宿題を抱えてるけど、三浦の海のアジトを手放し、オフィスも大改造した今、さらにもうひとふんばり、寝床を居心地よくリニューアルすることで、パワーを倍増しようという企みです。というか、引っ越しでもしないと、何がどこにあるかわからないこの状況は打破できんのです。

 三浦海岸からの引き上げと仕事場へのピアノ搬入以来、実家もオフィスも、片付いているようで片付かず、何やら中途半端。が、しかし、この英断で、ようやくすべてが決着するでしょう。夢にまで見た、不要なものとの決別。コアなもののみの生活。あぁ、シンプル。

 な〜んちゃって、実際は、そうはうまくいかないんですよねぇ。そこがドロドロの人生なのですよねぇ。環境が変わっても、したたかに続くズルズルの生活、怠惰、自由奔放、脳ミソ放し飼いの毎日。んでね、その混沌とルーズさの中から、なんか知らないけどピカピカで、変で、大切なものが、にょきにょきと出てきちゃう。それが面白くてやめられないんだよねぇ。

 ん〜、じゃ、何のために引っ越すんだ? ま、イベントですね。


2009年 11月某日

 バヌアツ、バヌアツ、バヌアツ!

 ミュージシャンゆうすけ、フォトグラファーようすけ、グラフィックデザイナーひかりというアート系の若い3人と繰り広げたバヌアツ4人旅は、とにかくほんとうにエキサイティングだった!
ひかりちゃんとはこのサイトのデザインしてもらってからの長い付き合いだけど、神津島ブラリ旅が縁でゆうすけと知り合ったのは今年の3月。ようすけ選手とは8月。そして、ゆーすけとよーすけは成田が初対面!
それでも行きたい気持ちだけで集まった4人のチームワークは、まるで昔からの仲間のように和気あいあい。そこに熱血ホテルマンのナイスガイHIROさんが現地で加わったのだから、盛り上がらないわけはない。

 夜、首都の空港に降り立った10分後には、もう謎の飲み物カバの洗礼(このあと滞在中の4日4晩カバにどっぷり)。風清きタンナ島では、火山探検、裸族の村で休憩。エファテ島のエラコール村では、民家にお泊り、小学校の授業に乱入。そして、すでにギター片手にオリジナル・ナンバーを歌いまくっていたゆうすけを中心に、一大野外音楽祭「ナプワン・フェスティバル」に日本人として初参加し、彼のチャーミングな弾き語りが大観衆から大反響。野外ステージの彼はほんとうにキュートだった。ついでに私のオリジナル曲をトイピアノ入りで披露、ヒロさんもブルースハープ片手に熱唱。最後はこの旅で生まれたビスラマ語の新曲を大合唱して熱いステージは終了だ。歌で大興奮&カバで大鎮静のバヌアツ最後のこの夜を境に、みんなバタバタと順番に病に伏したのであった。

 と、まぁ、お腹の病はオマケとして、この国の幸福感はなんだろう。ありのままの暮らし、ありのままの笑顔。今日を楽しめる力。いまを喜べる強さ。私の幸福は、地球の上にまたひとつ心の拠り所ができたこと、そして、それを分かち合える友がいること。ナンバワン、バヌアツ。タンキュ・トゥーマス、バヌアツ。ルッキミュ、バヌアツ。


2009年 10月某日

 この夏は、近年になく地下にもぐってじっとしていたので、そろそろ虫干ししなくては。
といいつつ、考えてみると、なにかと新しい出会いにも恵まれてます。ある日突然、中学時代の恩師が「オマエに会わせたい人がいる」と。そうして飲み会から始まったG氏との縁で、あっという間に落語の世界と文楽の世界に急接近! しっかりと伝統を伝えるステージもいいけど、客席の老若男女の笑顔がいい! 終わったあとにオシャベリさせていただいた師匠がたの心意気がいい。そして、屈託なくそれを楽しめる日本人であることが、いいですね!

 文化の重みと価値っていう奴を噛みしめながら、次の執筆プランとバヌアツの旅の準備に、心の放浪を始めるとするかぁ。


2009年 7月某日

 現実から離れて、1週間のパリの旅。16年ぶりのパリは、変わりつつ、しかし変わらず、新鮮で、しかし懐かしく。
借りる予定だったティエリーくんのアパートが、突然のガス漏れ(?!)で使用不能となったのをはじめ、相変わらずのハプニングの連続ではあったけれど、4つのキュートな美術館めぐり、植物学者のジョルジュ先生宅、ジャッキーさんのカフェ・ギャラリー・パーティ、モネの家ツアー、自主企画ピアノ教育座談会、さらに突然の思いつきのブリュッセル放浪で、楽器博物館と出来立てホヤホヤのマグリット美術館・・・と、盛りだくさんで刺激満載の旅でした。
やっぱり、自分の視点を変える、周りの景色を変える、足元の拠り所を変えるって、ほんとに大事なことなんだなぁ。

 オマケ:帰りの機上で見た3本のショート・フィルム。パンチが効いていて個性的で、一服の清涼剤でした。

 そして、地下のアジトを拠点とした、謎の脳ミソ探検、名づけて『地底派探検隊』も、無事スタート。初回を飾った、一橋くんの「シューマンを聴くナマコ」話をきっかけに、新隊員たちの間で興味深いディスカッションが繰り広げられました。さっそく次回、次々回のプレゼンターも名乗りをあげ、知性派ミュージシャンや音楽学者、業界人たちの頭脳をくすぐる探検が始まりそうです。そのうち、サイトも立ち上げないと。

 そういえば、この間、実家を整理していたら、中学時代に授業そっちのけで書いていた、スポ根ミステリーラブロマン青春小説のノートが一挙に出てきました! そうかぁ、何十年も前から、こんな突拍子もないことを書いていたのか、と、セロリの芽を見る想いでした。ここのところ、インタビューが3本も続いて(ちょっといい写真、撮っていただきました)、いつになく自分の来し方を振り返る機会が多かっただけに、まさに今、やりたいことをやりたいようにやれている不思議さと有難さに感慨もひとしお。折しも、すてきな先輩がたと出会って、行く道を照らしていただいたことも、忘れ難い出来事ですけど。


2009年 5月某日

 今年のメイン・プロジェクトのひとつ、バヌアツへの旅の準備がスタートしました〜。南太平洋バヌアツ共和国でホテル支配人をしているHIROさん、一緒に現地コンサートを企んでいるシンガーソングライターの「さわゆう」、<wa!>の専属(?)デザイナーのひかりちゃんを巻き込んで、今年の「地球旅行、でかけヨット」は、バヌアツだ!
着々と妄想はふくらんでおり、プロジェクト内容に思いを馳せると、夜も眠れません(もともと夜はずっと起きてるんだけど)。今年は、有志のみなさんを現地にお連れする企画もあり、とにかく楽しみたい! このわくわくはやめられない。

 でも、それは秋のお楽しみにとっておいて、この6月は全然別方向へ放浪です。まずは肉体的な旅へ1週間。そして知的な旅、地底派探検隊の初探検にも出発。どちらも精神充実が期待される楽しみな旅なのです。

 もうひとつのお楽しみはオフィス大改造。昨日、今期の制作のためにお借りした楽器が搬入されたため、これからオフィスの中身自体もじわじわと模様替え(床を張り替えておいてよかった〜)。それとともに、三浦から実家に放り込んだままになっている荷物の機能化&駒場の自室のリゾート化(?!)までも、一気に成し遂げようとしているのでありました。
とはいえ、新しいレイアウトに変ろうとしているオフィスにいると、どうにも落ち着きません。きれいになった部分を見て満足、まだ片付いてない部分を見てウンザリ。しか〜し! そのどちらにも、今までの乱雑なカオスの中から生まれ出ていた「気」がないのです! なぜ、なぜなのだ。あっ、いかんっ!こんなことでは創作意欲が・・・!

 ・・・とかいってないで、とっとと片づけろ、仕事もちゃんとしろっと社長が言っております。


2009年 3月某日

 殺人的な忙しさの終局が見えてきたとたん(実際は終わってないのに?!)、もう放浪虫が出ちゃった。ばばーっと決めて、ばばーっと実行。
近くて遠く、伊豆七島の小さな島、神津島に旅しました。郷土愛プロジェクトの一応の区切り。調布飛行場から45分。神の降りる島、神津島。
民宿の民謡名人のおじさんに、たっぷり神津節を歌ってもらいました。囃し方にと駆けつけてくれた近所のおばちゃんたちとも、たっぷりおしゃべりしました。たったひとりの泊り客だったおかげで、すっかり茶の間でくつろいじゃいました。若女将たちと仲良くなって、天上山ハイクしちゃって夜遊びもしちゃって、正味2日のショート・バカンス。
収穫は神津節のみならず、次回執筆作へのプロット・ロケハン、島国バヌアツへの旅企画のためのイメージ強化などなど。ネタも人脈も想いもどっさり拾ってきました〜
昨年秋から年初めにかけて、勤務中のおまわりさんとドライブした大分出張、雪の福岡出張、寝坊で飛行機に遅刻した沖縄出張、妄想ピアノ部の松山部会開催で大騒ぎだった愛媛出張など仕事の旅は盛りだくさんだったけど、それにも増して濃かった、たった2泊の島の旅だったのでした。

 忙しかった日々を取り戻すかのように、3月から4月にかけては、飲み会企画も久しぶり再会企画も目白押しで、まるで年末の忘年会状態。じゃ、次の曲集企画やDVDの新作企画に突入する前に、さぼってた大掃除でもして、年度賀状でも書くかぁ。


2008年 12月某日

 10月23日。異色のピアノバンド?!「P☆パレット」無事デビュー! とにもかくにも、チケットは完売、満員御礼で、コンサートは盛り上がりのうちに終了。プロの方たち、業界の方たちから評価が高かったのも嬉しいけど、ほんとうに音楽が好きなさまざまな年齢層、背景の方々から「楽しい夜でした」「幸せなひと時でした」と言っていただけたのが、何よりも嬉しい結果でした。楽しんでくださったみなさん、惜しみない拍手をくださったみなさん、秋の夜を屈託なく共有してくださったみなさん、超ノリノリの手拍子をくれた妄想ピアノ部の面々、駆け寄ってハグしてくれた友人たち、そして、私の思いつきを一緒に育んでステージに実現してくれたPパレのメンバー、心から感謝しています。もちろん、笑ってごまかしたい反省点やぶっちゃけ問題点はいろいろあったけど、自分の信じる音楽のかたちを、ひとつの姿にできたことは、やっぱり大きなステップだったなぁと思います。

と、もうちょっと浸っていたかったんだけど、なにしろ11月は怒涛の1ヵ月。秋田、喜多方から今治まで、地方出張20日、外泊10泊。そんな中でやっと校了の新刊1冊、ついに校了できなかったのも1冊、納品は50曲あまり。新企画3つキックオフ。我ながらよく生きてるよなぁ、と思いつつ、過酷だろうと暴挙だろうと、音楽にどっぷりのこの生活、幸福以外の何物でもないと、実感する毎日です。
友情バックアップを提供してくれたし〜まるイラスト、ひかりデザインの新刊もうれしいし、過酷な日々の中で味わえた秋田の美しい夕景、会津の紅葉、瀬戸内海の輝き、そしてそこここで寄り添ってくれる人々の気持ちの温かさも忘れがたく、一方では、プロジェクトを共有する人々との切磋琢磨もこたえられない喜びです。

 12月は九州、沖縄。仕事のかたわら、嬉しい再会もいくつかありそう。DVDの撮影もあるし、久しぶりのオリジナル曲集も脱稿なるか。そしてかなり期待しているのが、これまた唐突な音楽研究プロジェクト「地底派探検隊」。発足とともに別世界との出会いが始まりそう。まずはサイエンスと音楽のコラボだ! そしてそして、さらにコワいのが、未知なる南太平洋での音楽イベント企画。それ、マジ???

 最後に、地味ながらも相当わくわくしているのが、この地下のオフィスへのグランドピアノ搬入計画。なにしろ、階段をけずるのだ。きゃー、実現するのかしら〜。どうなる、どうなる、どうなるのよぉ〜!


2008年 8月某日

 10月23日に、東京・代々木上原のムジカーザで、コンサートをしま〜す。P☆パレット、ようやくのデビュー。でもでも、どうなることやら。新刊その他に追いまくられて、連日の地下作業に明け暮れている今日この頃なのだ。果たしてコンサートに書き下ろし予定の曲も、間に合うのか。だいたい、オマエ、ピアノちゃんと弾けるのか???

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 しかし、このPパレも、妄想ピアノ部も、地底派探検隊も、Take II Keysも、そして<wa!>も、ま、どっちかというとしょうもなく、すごく発展的でもなく、誰に期待されているわけでもなく、全然もうかりもせず、かといって、世の中の役にもさして立たず、それでも、なぜか妙に大事で、妙にマジメに、かけがえのない仲間だなーという気がします。
この、「しょうもなさ」が、よいのだろうなぁ。
最近は、この「しょうもなさ」が、どんどん仕事にも侵食してきているみたい。これは、実にいい傾向!! なにしろ、しょうもなければ、しょうもないほど元気になる。やる気がでる。知恵が湧く。
この夏は、新「しょうもない」企画、3つほど思いつきました。

 どきどきの新企画を軌道に乗せようとしているときは、危険な犯人になった気分。かかわってくれる人の新しい側面が見えたときは、恋の始まりに似た気分。これは一生やめられない。


2008年 6月某日
 心というものは、とらえどころのない風船のようなもので、はちきれたりしぼんだり、つるつるしたりシワシワしたり。
ことに「解き放たれたい寄り添いたい症候群」の私は、ジャングルジムのてっぺんに手放しで立ってるガキ大将のように強がっていたり、穴に落っこちた毛虫みたいにショボショボしていたりします。限りなくひとりになりたく、限りなく人と出会いたいし、限りなく我が道を行き、限りなく両手を広げて待っていてもらいたい。大自然の中に立つとすごく癒され、都会に戻るともっと癒される。パワフルにエンジン全開でどこまでも突っ走りたいし、暗い部屋に一日こもって脳波をとめていたい。ことに最近は、強気に軟弱に、やたらと泣き笑いしています。ささやかなことなのに、妙に心を突き動かされる出来事が、ほんとうに多いなぁ。

 アフリカ、ラオスの次は、南太平洋に旅に出ることになりそうです。秋かなぁ。冬かなぁ。来年かなぁ。これから勉強、根回し、ひらめき、プランニングですね。赤道の向こうで、またいっぱい拾い物してこよう。

 6月は大量の執筆物を抱えて、少し茫然です。でも書きたいことを書きたいように、一緒にやりたい人たちと一緒にやれていくのは、ほんとうに幸せ(出版社から放し飼いにされてる感じもある)。だから、届けっとばかり、受けてくれる方々の顔を思い浮かべて、アイディアを練るのです(で、寝るのです)。
小さなリレー連弾を1曲書きました(小さいといっても楽譜にして10ページ!)。今月は、ほかにも小さい曲をいっぱい書こう。大人のみなさんに楽しんでもらえる楽譜も作ろう。新しい視点の本を考えよう。な〜んて、地道な書き手のふりをしつつも、地方セミナーやインタビューや楽器コンテンツ開発や新企画打ち合わせや旅の根回しに、心地よく逃避している毎日なのでありました。

 それにつけても、いつも解き放ち、寄り添わせてくれる、周囲の大切な人々に感謝。


2008年 3月某日

今日は、ラオス大使館でラオスファンクラブという名のパーティーでした! 国にファンクラブがあるというのも珍しい、というか、ちょっと怪しい。でも、これがまた大盛会で、飲めや踊れの大にぎわいなんで、またビックリ。
 ラオスって、ひっそりと奥ゆかしくて、一般にはあまり知られていない国なのに、どうもその筋では、やたらファンが多い。ん〜、どうやらハマる国らしいですね。またお友達ができちゃった。

 一方、昨日は、横浜のとある小学校で、我らが紙芝居仲間、ガイショー企画が、wa!発信の名作ハイブリッド紙芝居「ブルキナファソの民話」を上演するというので、野次馬に出かけました。昨年のラオス・イベントでは揃わなかった、ブルキナ・イベント初演メンバーが勢ぞろいして、なつかしくも相変わらずの爆笑紙芝居! 1年生から6年生までが食い入るように観劇&くすくす笑い。どうやら先生方にも好評だったようですねー。
若い仲間たちと大ボラ吹きつつ夢を語り合ったランチも楽しかったけど、小学校の校長室で、女性の副校長先生と率直な立ち話ができたのも、ちょっと収穫。wa!のささやかな市民活動の行く末に、軽いジャブ的ヒントをいただいて帰ったのでした。恐怖の早起き(小学校時間って、ハヤイ・・・)も、やればやっただけ、行けば行っただけの収穫があるもんだ。

 本業のほうでは、2月に12本のチェロのための初作品「J.S.B.サラダ」がステージに。ひゃ〜、緊張したぁ〜。だって、弦楽器室内楽業界なんて、完全にアウェイだもん。ほぼ「セロリって誰?」的な感じの客席だったけど、ありがたいことに、暖かい拍手をいただきました。曲は例外に漏れぬセロリ風味なので、賛否両論あったでしょうけれど、概ね好評。12人のチェリストのみなさんにも喜んでいただきました。いや、もう、この人たち、ほんと上手い! スゴイ!
で、ようやく終わってホッとしたのも束の間、アンコールで後半部分を再び演奏してくださり、またまた緊張のドンゾコ。でも、ほとんど凄みさえ感じられるパフォーマンスで、立派に弾ききってくださいました!! 幸せだったなぁ、大感謝。

 さてさて今年はいろいろ宿題があるけど、まず最初のお楽しみは、ムジカノーヴァ誌に連載中の異文化インタビュー記事。なにしろ今後のゲストのラインナップがスゴイ。有能な助手に助けられつつ、たしなめられつつ、あきれられつつも、気合い入れて、飛ばして行くぞぉ! さぁ、次のお楽しみはナンダろな?!

 P.S. ずっとずっと懸案だったピアノ・バンド5人組の名前が決まりました!『P-palette』。10月23日(木)代々木上原のムジカーザで、初ライヴやります〜! 追って告知〜!



2008年 1月某日

 あけましておめでとうございます!

 年が明けたというのに、年賀状もサボって、年末までという約束の宿題4本と取り組んでいました〜。気持ちよく晴れ渡ったお正月の空もモノともせず、地下にもぐって連日の作業(まだそれも半分しか終わってないし)。
 こんなにがんばってるのに、不景気しんどいなぁ〜。なんて、まぁ、悩んでもしかたがないのでね、例によって、極楽とんぼのお気楽モードで切り抜けよっ、と思ってます。

 今年もまだまだ、たくさんの楽しい宿題が・・・。
 まずはチェロアレンジの完成=これは新分野だから、超・楽しみ。そしてコードテキスト全3巻脱稿=Book3あとちょっと! 郷土愛プロジェクト以下もろもろの仕掛かりプロジェクト推進=お待たせしているみなさま、ほんとーにごめんなさい。ピアノ・バンドでコンサート=秋開催決定です。でもさぁ、バンド名が決まらないんだよね。私たち、相性悪いのかも。新作の曲集企画=企画だけならいくらでも出る。書くのがめんどくさいんだよなぁ。<wa!>新体制で発進=これは知恵を絞りそう。そして2年越しの課題である「引越し」!=きゃー、掃除のことを考えただけで気を失いそう。

 何より楽しみなのは、足を使った取材と、人との出会い(やっぱ外回り派なんだよね、どうしても)。去年も、小原孝さん、向山佳絵子さん、堀尾幸男さんはじめ、チャーミングな方々とたくさん出会うことができましたっけ。そして、同じくらい嬉しいのは、信頼できる人々と一緒に仕事ができること。
 去年、とくに後半は、ふわふわした仲良し出会いというより、今後につながりそうな、手堅い仕事関係の出会いがいくつもありました。それらの展開も楽しみです〜。

 あぁ、でもさぁ、やっぱりふわふわな出会いも、いいよね〜。

 うーん、ふわふわ、待ってま〜す。すご〜く!!


2007年 11月某日

 忙しかった〜! 新しい本の執筆、新連載、新しい仕事上のお付き合い、新ピアノ・ユニット結成、そしてwa!のラオス・イベント〜。

 今年はホントに社会情勢が厳しくて、小さな制作会社のトリゴが生き残るのも必死で、なんとか倒れないように、やっとこさっとこ頑張っています。でも、そのかたわら、そうやって日々の戦いに疲れて、精神まで貧乏にならないように、よりいっそう新しくて面白いことを探し、ワクワクすることにしています。

 だから、ほんとうに毎日が満杯でした!

 夜寝る時間も削るから、お隣のクリニックの先生にはいつも叱られるけど、ま、一応、午前中は地球上から姿を消して、睡眠をとるように心がけてます。

 でも、しんどい毎日でも、ワクワクは、ちゃんといっぱいある。
 ラオス・イベントでは、またたくさんの仲間とつながることができたし、中でも嬉しかったのは、口からデマカセで始まり、昨年のブルキナ・イベント以来続けている「ハイブリッド紙芝居」が、ついにwa!から羽ばたいて、外でも上演が決まったこと。
 雑誌の新連載では、常々面白がってやってきた「近くてトーク」で培ったインタビュー形式が、誌面作りに結実しそうなこと。
 別々の仕事で知り合った人たちがリンクしあって、新しいアクティビティが興せそうなこと。

 昔に種をまいたことが芽を出したり、奥にしまっておいたことがポワッと形になって実現したりすると、あ〜、やっぱり、人生に無駄なことはひとつもないんだな、と思います。しんどくても、地道にやりとげたことはしっかり心の奥に残っている。大切と思ったことをずっと大切に想っていれば、必ず芽が出る。やみくもにやりたいと思ったことは、無意味なようでも、いつか必ず何かの形で実を結ぶ。
 ただひとつのコツは、自分を偽らず、真剣にやること、かな。

 いつも使っているパソコンのデスクトップには、過去の旅で撮った写真が毎日ランダムに飾られます。そういう設定なんです。ある日はアフリカの落日、ある日はサーファーズ・パラダイスの大通り、ある日はラオスの道端の小さな木彫りの仏像、ある日はニュージーランドの速度違反取締りのパトカー、ある日は奄美の青い島影、ある日は線路端の菜の花。それらは、思い出ではあるけれど、決してセンチメンタルではない。
 しっかりと芽を出してくれる、私の大切な現実の種なんです。


2007年 8月某日

 ずっと前に一人旅をした湯布院に、先月、縁あって舞い戻りました。仕事の合間の、ほんのひと時の散策だったんだけど、前回に訪れたときにみつけた、スタイリッシュなボディの万華鏡に、またまためぐり逢ってしまったのでありました。
 細野朝士さんという作家のテレイドスコープで、小さいながら実に美しいシェイプ。8,000円もするから、あの時は買えなかったんだ! 涙を飲んであきらめたというのに、その逸品に、またもやこの地でめぐり逢ってしまったのでした。このお小遣い厳しき今日この頃デスヨ。しかも、あろうことか、偏光フィルムの織り成す彩りが美しい、さらなる逸品、1万6,000円也と、仲良く肩を並べて私を待っていたのでした。あ〜ん、どうするの????どうするの????

 そして、次の魂の体験は、東北祭3連発。まずは父の故郷、八戸の三社祭り、翌日、青森ねぶた、さらに翌日、秋田竿灯。怒涛の祭り三昧の3日間でありました。
 八戸に発つ前日、この暑さでへこたれた父から、かなり弱気な発言が出て(もうすぐ87歳ですから)、少なからず胸を締め付けられながら彼の故郷へと旅立ったのですが、青森では年若い新しい友人が、秋田では気心知れた旧友が迎えてくれて、ともに日本の祭りを分かち合い、晴れ晴れとした気持ちで帰ってきたのでした。

 不思議なことに、青森では、アフリカつながり、ラオスつながり、いろいろなつながりが輪と輪を呼び、広がりそう。世界の友達の輪!

 そうして祭やら輪やら万華鏡やらの別世界から、一気に締切、校了、駄目押し、修正依頼の嵐の東京へ戻った矢先、余命いくばくもない宣告を受けていた友人が危篤となり、あっという間に旅立っていってしまいました。半身が不随となり、意識も朦朧とした中で、握った手を振り回して、感謝と友情の表明をしてくれた彼のぬくもりが忘れられません。

 ちゃんと生きなくちゃ。生きなくちゃね。私たちは。


2007年 6月某日

 5月から、連弾パーティーシリーズのCDレコーディングが始まりました。5月がバッハ、6月がモーツァルト、そして7月は、なんと、出版はもとより、まだアレンジが仕上がっていない、ベートーヴェンの収録です。きゃー、間に合わないっ!

 演奏は、チャーミングな女性デュオ、「デュエットゥ」。本当によく弾いてくれる! 本当に楽しんで音楽を作ってくれる! そんな彼女らとはすっかり仲良くなり、リハからホールでの本番まで、女3人できゃぴきゃぴ盛り上がりっぱなしです。

 収録は、秩父ミューズパークの音楽堂。スタッフさんたちも、すごくイイ感じだし、なにしろ、緑に囲まれた絶好の環境です。なんと、夜は温泉に行けちゃう。つらい収録に臨むデュエットゥのふたりは、全身膏薬だらけの疲れきった体を、湯につかって、なんとか癒しているという状態だけど、弾きもせず、能書きだけ言っていればいいセロリは、ほんとハイキング気分で極楽極楽の温泉三昧なのでした〜。
(この間の松山出張では、ちゃっかり道後温泉に行ってきちゃったし、館山で、大山日出男さん(Sax)のジャズ・コンサートのナビゲーターを務めたときは、絶好のドライブ日和だったし。仕事してるようなフリして、けっこう遊んでるんじゃないの〜? という声が聞こえてくるような。えっ、空耳?)

 それにしても、1冊まるまる収録ともなると、3日間を費やす、たいした仕事ですね。この曲集、初版はもう5年くらい前ですが、我ながらよくこんなに書いたもんだ。ありとあらゆる連弾のアイディアを投入し、ピアノで遊びまくり、やりたい放題なんですから・・・・。
 
 と、自分で感心している場合じゃないですぜ。問題は、ベートーヴェン。同じぐらいの分量を同じクオリティで、この数日の間に仕上げなくちゃいけないのですよね。ぜーぜーはーはー。
 のんびりと、このワガママ部屋なんか更新している場合じゃないんだけどね〜。でもさぁ〜、こういうときほど、遊びたくなるわけでね〜、よせばいいのに、妄想ピアノ部のブログも作っちゃったしぃ〜〜!
 http://blogs.yahoo.co.jp/moso_pianobu

 実をいえば、6月は他の出版企画も満載。がんばるしかないかぁ〜。うん、たまには真面目にやろっと。


2007年 4月某日

 ラ、ラオスしてしまいましたっ。

 アフリカにくらべたら、なんて近いんだっ! それでも、直行便はないから、今回はバンコク経由。成田を昼に発ち、首都ヴィエンチャンに夜着いてみれば、これが、なんだか妙に懐かしい風景。不思議とブルキナファソの首都ワガドゥグの夜に似ているような気がする。そうだ。地球はひとつ!
 なんて調子に乗ってる間もなく、そして首都の景色をのんびり眺める暇もなく、翌朝、いきなり南部地方の田舎に出発です。職業訓練センターで働く若い女性レーさんと一緒に、彼女の故郷を訪ね、村の生活を体験しようという、今回の目玉企画なのです(ほんとうは、機織り少女の北部の村への里帰りを応援するという企画だったんだけど、3日ほど前に突然、通過予定地域で銃撃戦があったことがわかり、急遽、武装地帯を避けて、南部に向かうことにしたのでありました)。
 穏やかな車窓の農村風景は、アフリカから徐々に日本の田舎の風景に近くなり、オー、やっぱり地球はひとつじゃないか! などと言いつつ、カラフルな虫の空揚げなどをオヤツにいただいているうちに(といってもチャーター車で6〜7時間あまり)、遠路、レーさんの生まれ故郷サワンナケートのバーン・ラハ・ナム村に到着しました。今宵は彼女のお姉さんの家にお泊りです。土の道、花あふれる木立、自然体で働く人々、きらめく川、夕陽に映える田畑、暮れなずむ高床式の家、あー、これぞ胸の奥の原風景!
 もちろん風呂もシャワーもなく、庭には鶏や豚が散歩し、食卓はアウトドア。しかしお姉さんの心づくしの手料理は暖かく、しかし非常にカラく、しかし非常に美味しいのでありました。そして、その日の朝会うまで、まったく見知らぬ同士であり、言葉もほとんど通じず、年齢も職業も生い立ちも違うレーさんと、何のご縁か枕を並べ、お互いを見やっては「うふふ!」なんて、親友のように微笑みあって眠りにつくのは、小学生の林間学校みたいで、ちょっとくすぐったい、いい気分なのでした。
 朝は、朝市に行くのよっ、早くしないと朝ごはんが売り切れるわよっと叩き起こされ、爆睡から目覚めた枕元では、すでに誰やら続柄のわからないオバサンが糸を紡いでるし、見知らぬオジサンが掃除してるし、見知らぬ赤ん坊が竹のゆりかごで泣いてるし、お寺の読経は鳴り響いてるし、朝市では、売り子の中に姉さんが座ってるし、ビニール袋に入れてもらった朝ごはんは、赤アリの卵(!)のスープだし。なんだかもう、わけもわからず、とにかく、すっかり村の子だよ。

 と、まぁ、そんなステキな遠足からスタートしたラオスの旅でした。
世界遺産ルアンパバーンの街並み。農業学校のはにかみ屋の寄宿生たち。汗まみれで一緒に歌って踊って、そして小さな手で新年の幸福を祈ってくれた小学生たち。両親にひれ伏して詫びるという伝統の結婚儀式に招待してくれた若夫婦。騒々しくて敬虔なラオス暦のぶっちゃけ正月。そして、おっとりしてても案外頑固な、物静かなくせに妙に陽気な、そんなラオスの人々に、アジアの同胞を感じた日々でした。

 そんなわけで。
 ちょっと、脳みそが沸騰しちゃったので。

 原稿待ちのみなさん、今は、使い物になりません。ハイ。アシカラズ。
 

 ★News!★ 大人気の楽譜「連弾パーティーシリーズ」を、CDにしていただくことになりました。演奏は、チャーミングな女性デュオ、「デュエットゥ」。まもなく、ホールでのレコーディング・セッションが始まります。


2007年 3月某日

 郷土愛プロジェクトの次の取材は、島根県の石見神楽。

 浜田市の熱田神社の夜は更けて、月曜日の夜、次々と神楽衆が集まります。東京での本番のすぐ後ということで、練習風景は見られなかったけど、車座になって、オセンベイをほおばりながら、いろいろと神楽バナシに花を咲かせてくださいました。
 まずは、笛作りの名人のおじいさんが、実力を認めた若手に作ってくれる笛の長さをめぐって、ヒトクサリ。それでは問題です。左利き逆持ちの笛名人が作る神楽笛は、どうして歌口から先が短いのでしょう???

 さて、そして、六調子、八調子の叩き比べ、大蛇の出るおどろおどろしい調子など、にぎやかにお神楽を聴かせていただきました。代表はじめ、長老、若者、それぞれの想いが、夜の神社の神楽舞台にあふれていました。
「今度は秋祭の本番を見においで」と。う〜ん、遠いけどなあ。

 今回は広島〜島根〜鳥取をめぐる旅でしたけど、砂丘で日本海の風に吹かれて、思ったのでした。

 まだまだ日本は深いぞぉ。

 さぁて、次はどこで郷土に逢えるでしょうか。


 ★News!★ 大人気の楽譜「連弾パーティーシリーズ」を、CDにしていただくことになりました。演奏は、チャーミングな女性デュオ、「デュエットゥ」。ホール録音のレコーディング・セッションが楽しみです。


2006年 12月某日

 12月第1週の週末、北海道・阿寒湖畔に立つ! 阿寒にはアイヌのコタンがあります。その一画を訪ね、岩手から婿入りしたという青年に、アイヌの音楽のことを熱く語ってもらいました。厳格な流儀を踏襲しながら今も伝えられていく歌とムックリの調べ。それは観光化された部分を持ちながらも、やはり古いスピリッツを伝える貴重な文化であり、人々はそれを愛し続けているのです……。
 伝統を伝えることと、今生きた音楽をすること、大切なものを守ることと、オープンにしていくこと。そのせめぎあいやジレンマと闘いながら、やはり歌は残っていくのでしょうか。年を重ねた人々と、ロックやレゲエと親しみながらもルーツ文化の担い手として名乗りをあげる若者たちとの想いは、どう交差するのでしょうか。
 雪の上に輝くかがり火の中に照らされた、美しい衣装と伝統の踊りを見ながら、日本の郷土の音楽の膨大な財産、その量、複雑さ、強さ、素朴さ、悲哀、慟哭、艶笑、粋、泥臭さ、そしてその測り知れなさ(この間、芸大の図書館で、即、討ち死にしたっけ)に、冷たいひざと一緒に、漠とした恐怖感まで抱いて凍えていた私なのでした。

 一週間後、12月第2週の週末、奄美の美しい浜辺にいました。ここで夜明けとともに、人々が神をつかまえるお祭りをするという。大胆で明るいその発想。にぎやかな南の島の祭り、そしてまた自由で奔放でありながら、物哀しくしみじみと心に訴えかける奄美のシマウタ。
 島の人々の唄への想いをたくさん聞き、そして唄もたくさんたくさん唄ってもらい、味噌のお茶請けをいただき、笑いあい、おしゃべりしあい、こどもたちの唄声を聴き、三味線を教えてもらい、島本来の唄遊びのさまも伝えきき、太鼓を叩き、踊りの真似事をし、青い海と暁の海を目に焼き付けて帰ってきました。
 ここにも、島の唄を伝え続ける人々がおり、また自分らの音楽を探し続ける若者たちがいるのでした。それはやむにやまれぬ自らのルーツへの探求なのだろうか。

 盛りだくさんで幸運で、しかし畏れ多くて背筋の凍る、しかしまた楽しく嬉しく愛にあふれた、セロリの郷土音楽プロジェクトが、いよいよ今月スタートしたのでありました。来年は、この郷土取材でワクワクの日々が過ぎ、私の机は、CDや取材MDや、紙や五線譜であふれかえり、アタマは混乱、心はボーゼン、さぞや周りの人々のヒンシュクをかうことでありましょう……!


2006年 10月某日

 500円玉貯金をしていましてね・・・。
 というのも、出版社から資金の出ない取材旅行を敢行しようとしているわけ。ま、例によっての、「頼まれもしないのに」企画ってわけですね・・・。がしかし、これがまた、貯まらなくて、堪らないのですよ〜。お財布の中の500円玉を使わないというのは、かなり勇気がいります、ハイ。

 取材旅行は、ヨーロッパを横断しかねない、壮大な計画。若者たちとの、熱に浮かされたような夢の取材紀行です。立ち寄りたい場所を並べたら、ブタペストに始まり、ドイツ、フランスを横切って、ロンドンまで。いったい500円玉がいくついるのでしょーか。ふわぁ、思っただけで、いろいろな意味で胸が打ち震えます。
 っで、何の取材かは、ヒ・ミ・ツ。

 そして、その前には、wa!のラオス取材も待っています。そうなんです。wa!では、ブルキナに続く、「でかけヨット」第2弾、ラオス企画が、いよいよキックオフです。果たして今度はどんな冒険が待っていることやら。

 その一方で、wa!では部活が地道な活動を続けていまして、wa!認定部活第1号の妄想ピアノ部は、着々と部員数を増やしております。
 月に一度集まって、 いろいろな背景を持った大人たちが、ピアノへの夢をたくさん語り、ちょっとだけ弾いてみたり、指が回らなくてうろたえたり、励ましあったりしています。
  なにしろ、セロリ部屋に入門すると、みんな雅号がついちゃうんですから・・・。現在部員は、ブロッコリー、キャベツ、グリンピース、キャロット、エシャロットと、勢ぞろい!

 と、そんな今日この頃、連載記事を書かせていただいてる雑誌の編集部にお便りが届きました。68歳のご婦人が、春畑のファンとおっしゃってくださったんです。なんと、「セロリさんと同様、私もお気楽者でワガママ者、がんばり屋で怠け者なのよ」と書いてくださり、そして、最後にペンネームが・・・「秋畑バジル」。
 う〜ん、今まで、春畑レタスとかサツマイモとか、いろいろ言われてきましたが、バジルは初めて。人生の大先輩のセンスの良さに、脱帽ですね!

 そんなお茶目なおばあさんに、私もなれるかな。


2006年 9月某日

 <wa!>の、ブルキナファソ・イベント無事終了! 映像ありトークあり料理ありグッズあり紙芝居あり。駒場の一角が、思いきりアフリカに変身しました。私たちのお気楽ヨットの旅に付き合って、一緒に上陸体験してくださったみなさん、ほんとうにありがとう! そしてこの、セロリの「口からデマカセ思いつき企画」を、半分あきれながらも、それを見事に実現してくれた仲間たち。あなたがたへの感謝は、筆舌に尽くしがたく、でもってね、当然ながら、これからもヨロシク!なのです。

 そんな仲間のひとりの「彩子ちゃん」の親しい先輩と、この日曜日に訪ねた南房総の有機農場の若オカミ「あっこちゃん」(会うのはなんと20年ぶり!)のご主人が同一人物とわかり、ちょっとびっくり。それだけでも「世の中せまいね〜」話なのですが、「あっこちゃん」とは縁もゆかりもなく、偶然南房総に同行した親友「タニシ」のご近所さんで、彼女が料理道の師と仰ぐ「紀子さん」一家が、この農場とは家族ぐるみのお付き合いだとういうことが発覚して大騒ぎ。
 さらに! 農場行きつけの手作りハム屋さんとキッズポップでおなじみの「し〜まるさん」が呑み友達で・・、あ、そうそう、それから、もうひとりの旅の道連れ「ユウコ」と、南房総遠足でランチにお邪魔した「白浜のマダム」も、初対面なのにひょんなところでつながっていて・・・。って、まぁ、ヤヤコシイのでやめますが、ほんとうに人と人とのエニシは不思議。しかもそれがワッとあらわになるタイミングってあるんですね。

 昼ドラでも、非現実的すぎてボツになりそうな、この偶然のストーリー(私に負けず劣らずノー天気なユウコは、「ドラマの出演者ってことは、私たち女優?」なんて寝言、言ってますが)。
 なんだか、この間までは、「この頃、人とのつながりが飛躍的に広がってく・・」なんて書いたりしてましたが、実は、広がってるんじゃなくて、網の目のように飛躍的にこんがらがってきてるのかもしれません。

 でもね、このこんがらがった網にね、いい獲物がかかるんだよなぁ。だから人生はやめられない。


2006年 8月某日

 三浦のアジトも、そろそろ引き上げ時なのかな、と思っていた矢先、何の因果か、空き巣くんに狙われてしまいました。いつも居ないのを把握されていたのかなぁ。鋭いお方です。
 とはいっても、何一つ金目のものがないので、空き巣くん、えーい、くそっ、と思ったのか、パソコンとファックスを持っていってしまいました。重かったでしょうに。
 特に大事な情報も入ってなかったので、失われたものに対する精神的痛手はほとんどないんだけど、やっぱり見知らぬ人が物色したかと思うと、ちょっとどーよ、という気になりますよね。

 足跡も指紋も、何一つ痕跡がないのに、それでも何人ものオマワリサンたちがドヤドヤとやってきて、自分の指紋を取られたり、事細かに配置図を描かれたり、若いオマワリサンが上司に叱られてたり、三浦氏初のピッキングとかいって祝(?)されたり、なんだか大騒ぎ。

 こうしてみると、「物」なんて、失われたり、壊れたり、はかないですよね。
 「物」を盗られても、痛くも痒くもない。だって、ほんとうに大切なものは、タンスの中なんかに置いてないもの。
 ほらココよココ(と、胸を指す)。大切なものは誰にも見えないもん。誰にも奪えないもん。残念だったね、空き巣くん。

 (ま、でも、たまには、強力にハートを奪われてもみたいけど)


 さわやかな若い友人が、また幾人もできました。彼らは宝です。
彼らだけは、誰にも奪われたくないな。一生。  


2006年 6月某日

 85歳になっても、新車を購入して元気いっぱいだった父と、79歳になっても、合唱団のパートリーダーをして張り切っていた母。なにしろ強力にパワフルな両親だったのですが、さすがにこのところ、年齢には勝てなくなったみたいで、ここ1ヶ月ほど、そろってダウンしていました。
 二人とも、おかげさまでほぼ復活。その生命力の強さたるや、ひたすら神に感謝ですが、日頃からグータラなマイペースで気ままに生きている私にとっては、横浜の実家と父の病室と深夜の仕事場の往復という、今回の看病生活には、かなり、シビれました。
 いつも強気な父も、今回はさすがに参ったらしく、はっきりとは言わないまでも、<この際、一緒に住まないか……>というようなニュアンスを、何やらヒシヒシと漂わせています。

 ウィークデーはオフィスでバリバリ、週末は海辺でのんびり、なんていう夢のような今の生活にも、ピリオドを打たなければいけない日が近いのかなあ。

 そんな想いを抱きながら、忙しい中、海辺の隠れ家に風を通しに寄りました。「あぁ、ここでこうやって過ごせるのも、もうわずかかもしれないんだな……」と改めて思うと、この小さな部屋が、自分にとっていかにかけがえのない空間だったかに気づかされます。
 思わず涙が3滴くらいこぼれました。
 ちょうど、恋人との別れを予感してはじめて、一緒に過ごした時間の大切さに気づくかのように……。

 なんちゃって、そんな センチなことを口走っているヒマもあらばこそ、ここのところ、にわかに身辺が騒がしくなってきました!
 もちろん、<wa!>は絶好調。毎月のトーク企画のゲストとは、その後も交流が続いて輪がふくらんでますし、アフリカイベントもぐんぐん具体化し、さらに、「妄想ピアノ部」なる部活は立ち上がるは、新企画のセミナーは立ち上がるはで、言いだしっぺなのに自分でも把握しかねて、何がなんだか、笑ってごまかすしかありません。

 ところがこんなときは、それ以外にもいろいろと新鮮な事件が起こるようで、出版企画を契機に、ブルクミュラー狂の若き音楽学者一味と怪しいプロジェクトを立ち上げたり、曲集新企画や新連載で、またまた荒唐無稽なアイデアを口走ったり、はてはピアノバンド結成への第一歩を踏み出したり(ナニそれ。でも、いつの日かきっとライブを〜!)……!

 う〜ん、こりゃ、涙こぼしてる場合じゃないです。脳みそをこぼさないようにしなくっちゃね。


2006年 4月某日

 春畑セロリの<音楽経由、近くてトーク> の前回のゲスト、松尾慧さんに、篠笛を一本ゆずっていただきました(お値段は内緒よ!)。
  一本の竹と向かい合って、じっと静かに、音を、空を、見つめていたら、少しはお気楽人生にも潤いがもたらされるかしらん……と思ったんだけど、どうしてどうして、そう簡単に落ち着けるもんじゃありません。とりあえず、ひょろろ〜と情けない音をとどろかす我がクチビルと闘っているのでありました。

 昨日は、我さきに葉っぱの存在感を主張しあって、ピンクというより薄緑に色づいた桜の下で、遅いお花見。トリゴのある駒場は桜が豊富で、3月下旬頃から、美しい桜色にあふれた風景を満喫していたのですが、昨日は花見宴会のメッカ代々木公園へと出かけました。
 集まったのは、最近お友達になった活きのいい女性プロデューサーを囲む映像系の青年たち。宴たけなわ、俳優志望の若者が特技のタイ舞踊を披露してくれることになったんだけど、BGMがないので、やおら隣のグループの太鼓持参のお兄さんに着目。見知らぬ同士の国籍不明セッションがいきなり始まっちゃいました。ありえないクロスオーバーなんだけど、見てるほうは不思議に納得していい気持ちになるからオカシイよね。

 その彼ともすっかり意気投合し、さわやかな午後を過ごした後は、可憐な女子高校生ピアニストとCD収録の打ち合わせ。若さの放つ透明なオーラで、なんとなく気分が晴れやかになって、その勢いで、最近結婚した若いカップルのお祝い選びに街に出ちゃいました。色違いのベルトとゴツいバックルをお揃いでみつくろってプレゼント完成。

 仕事がらみのミーティングもあったんだけど、なんだか久しぶりに伸び伸びとホリデーを過ごした気分でした。このところちょっと体調が不調でテンション下がり気味(ウソでしょ、と言ってるのは誰です?)だったんだけど、つい気を良くして、駒場→代々木公園→渋谷→駒場と、全部歩いちゃいました。
  ……で、これが今日、足に来てるわけで……。さわやかの、お釣り……?

 一念発起して通い始めたスポーツクラブも、サボってばかりなんだから、仕方ないですよね。
 それにしても、ジムでは「起きられない、続かない」と、インストラクターのお姉さんと大騒ぎ、歯医者さんでは「来たくない、勘弁して」と若い先生に大騒ぎ、どうしてこう、普通に静かに毎日が送れないのでしょう。
 やっぱり、ココロを落ち着けて、和の笛の音と向き合うのがいいのでしょうかねえ。

 それとも、もう一度、アフリカで踊ってくるかぁ……!


2006年 3月某日
 <音楽経由、近くてトーク>第2回も、大爆笑のうちに終わり(坪川監督の映画上映&トーク、最高でしたよね!)、手探りイベントとしても、ちょっとペースがつかめてきました。こういう企画って、当日ももちろん楽しいんだけど、仕込みも楽しいんですよね。

 今回は監督のテイストに合わせて、お客さまに駄菓子のおみやげを用意しようと企みました。だって、私の寝床から仕事場までの歩いて5分の道筋に、なんと駄菓子屋さんが2軒も(しかも隣り合って!)あるんですもん。
 おじちゃんの駄菓子屋とおばちゃんの駄菓子屋、どっちに寄ろうかなぁ。結局、おじちゃんのほうは中学生が溜まってたので、ヒマそうなおばちゃんの店に寄りました。最近は駄菓子問屋さんもどんどん減ってきて、商売先細りなんですって。値段も昔とほとんど変わってなくて、30円平均。トークのお客さんを50人と見込んで、60コほど、あれこれ楽しく選んだんだけど、1600円くらいでした。
 なにしろ意味不明、味不明のお菓子がいろいろあって、私としては全部開けてみたかったんだけど、私が食べちゃうわけにはいかないっすからね。終わってからのアマリに期待してましたが、きれいになくなっちゃいました。

 明日は、次のトークの取材に、江ノ島の謎を探りに行ってきます。
(おいおい、仕事もしろよな)

 仕事といえば、この1月に出た「ブルクミュラー25の練習曲」が、なかなか評判いいみたい。感謝感謝です。
 セロリを知らない方は「すごく楽しい本ですね」とおっしゃってくださり、セロリを知っている方は「ずいぶん真面目に書いたのね」とおっしゃる。なんか見透かされてるなぁ。

 wa!の活動を始めて以来、まったく知らなかった方々が顔見知りとなり、知人レベルだった人たちが親しい仲間となり、ふだんあまり会えない友人たちが強力なサポーターとなってくれて、人の輪が飛躍的につながって、からまって、ひろがっていく実感があります。

 ボランティア活動ってなんだろうと模索していた頃、あなたにできることをすればいい、あなただからこそできることをすればいい、と言ってくれた人がいたんですけど、天才作曲家でもなく、華やかな有名人でもなく、成金でも地主でもなく、コツコツと地味な仕事をするのも苦手、規則正しい健全な生活を送るのも苦手な、そういう私ができることって、うん、まさしくこういう、オッチョコチョイでノーテンキで、いい加減なノリの、でも楽しい、笑える、ワヤクチャな活動なのかもしれないなぁ(天職ってやつ?)と、今にしてようやく納得しておる次第であります、ハイ。

 みなさん、また逢いましょう!


2006年 1月某日
  wa! の、第1回イベント<春畑セロリの音楽経由、近くてトーク>は、無事終了しました〜。雨で寒かったのに、たくさんの方々が足を運んでくださり、満員となりました。ありがとうございます!

 写真家・高砂淳二さんの作品とお人柄に助けられて、ほのぼの、興味津々のトークでしたね。
 詳細は、wa! サイトのイベント・レビューに近々アップするつもりなので、ご期待ください。
 
 次回も映画監督・坪川拓史氏が繰り広げる、興味津々の時間空間となるはずです。2月25日(土)午後2時から。ぜひみなさん、お誘いあわせてお越しくださいね。席が少ないので、必ずご予約を!お申し込みはサイト内のフォームから遠慮なくどうぞ!
../wa/


 そうそう、アフリカン・イベントも実現しなくちゃと、7月頃を目標に、とにかく暮れのブルキナ旅行の資料を整理しはじめてます。
(ほんとは、その前に家を整理しろよ、と自分に言いたいっす。毎晩、部屋に帰るたびに、どっひゃ〜、地震か、空巣かって思うっちゃう。しかも、ものの2〜3分で、それが逆に居心地よくなっちゃう自分がね、余計コワイ)

 昨日は、現地で世話になった人たちに送る写真を作るため、大量のビデオテープからスチールを起こしました。
 村をあげて歓迎してもらった、ボロドゥグ村の人たちとの交流大宴会の映像は、やっぱり鮮烈の一語です。

 その中で、みんなで「赤とんぼ」を歌おうとした場面を見て、あらためて思ったんですよ〜。やっぱり3拍子の歌というのは、なかなか難易度が高いぞ、と。「ハッピ・バースデー」も、素人でマットウに指揮できる人は少ないじゃないですか。とにかく3拍子は人間の生命の根源にない拍子。きっと文明の産物ですよね。プリミティブな世界には、やっぱり似合わなかったな〜!
 ・・っていうか、 ま、3拍子だということを、最初にみなさんに説明しないで、いきなり一緒に歌おうとした私が悪いんですけど。

 もうひとつの大失敗は、交流を深めるための科学実験デモンストレーション。ほら、でんじろう先生がやっている、みんなで静電気で感電体験する実験があるでしょ。輪になって手をつないで、最後の人が帯電したアルミ箔にさわると、全員がビリッとくるやつ。あれをね、村人みんなに輪になってもらって(そりゃもう大騒ぎで)、いざ大実験、試みたのですよ。ブルキナと日本の友好の証し、なんちゃってね。ところがところが、精一杯こすりにこすって静電気をいくら溜めても、ビリともピカともウンともスンとも、何にもいわないんですよ。でんじろうさん、どうなっちゃってるの?

 ・・・って、それ、もしかして、村人がみんな裸足だったからなんじゃない〜?足から地面にアース? そ、そんなこと、き、気がつきませんでしたっ! ねえ、みんな、実験のときは、クツを、はきましょうっ!(いや、湿度のせいじゃないかとか、単にオマエがやり方まちがえたんだろっとか、いろいろご意見いただいてます、ハイ)

 でも、そんなこんなの大失敗を、屈託なく笑い飛ばしてくれるみなさんが嬉しかったです。女性たちが順に受け渡しながら即興で歌ってくれた歓迎の歌も、しみじみとして、すてきだったなぁ。公用語のフランス語すら通じない、生粋の部族語だったものですから、意味は今もって、まったくわからないんですけど。

 次は、どこの国に行こうか、なんて、まだブルキナのイベントも形が見えてないのに、そんなことを考えている、お気楽風来坊の、セロリなのでした。


2005年 12月某日
 

 アフリカの旅をしてきました。

 ふぁ〜! 熱くて、鮮烈で、ドキドキの旅でした。
 たくさんの人に出会いました。

 西アフリカのブルキナ・ファソ。そこに暮らす、たくさんのステキな人たちです。

 政府の要人で、有名人で、パワー全開で、豪快な笑い声が魅力的なマダム。
 裸足だけど、陽気で踊り好きな村の女性たち、若者たち、長老たちと、手品の好きな酔いどれ村長さん。
 女性の地位を確保し、手に職をつけようと、真摯に取り組んでいる機織り組合のメンバーたち。
 若者の苦悩をステージで訴える熱い俳優たち&ミュージシャンたち。
 ストリート・チルドレンを救う施設を作る、と熱っぽく語る青年。
 バレーボール教室に目を輝かせる子どもたち。

 そして、そういう前向きなブルキナの人々を側面から支えようと、日夜がんばっている、日本の若者たち。

 そんなパワフルで魅力的な人々に歓迎されて、私たちの旅は実り多く、密度の濃いものになりました。ほんとにみなさん、ありがとう!

 ただ、ひとつだけ心配なのは、私たちが、すごくしっかりした大きな力を持つ日本を代表する団体で、2006年には、ブルキナの文化を余すところなく紹介するような立派なイベントを開催する・・・と、みんなに思われちゃってることです。まいったなあ。ノンキなことは言っていられなくなっちゃいました。なんとか、私たちの<wa!>の活動を軌道に乗せて、いいイベントを企画しなくっちゃ!

 

 さてさて、そんな<wa!>の最初のイベントが近づいてきました。

 春畑セロリの「音楽経由、近くてトーク」の第1回です。


 日時は1月14日(土)午後2時。ゲストは、写真家の高砂淳二さん!
世界中を飛び回りながら、美しくて暖か味のある、ステキな海の写真をたくさん撮り続けておられる方です。

 高砂さんの熱烈なファンの方たちからは、続々お申し込みが来ているのに、セロリ関係は、みなさん遠慮深くて、お申し込みがなく、シーンとしています。ここはひとつ、<wa!>の門出を助けると思って、みなさん、足を運んでくださいまし!

 狭いスペースなので、お客様が多すぎても少なすぎても心配。ぜひ、下記の<wa!>の仮オープンサイトから、前もってお申し込みくださいね。

          ↓

      ../wa/

 

 あ、そうそう、最新ニュース!

 音楽之友社から、「ブルクミュラー 25の練習曲」の標準版 New Edition が発売されました。練習の手引きを、私が書いています。
 春畑のノーテンキさと、標準版の格調の高さが、真っ向から火花を散らした、話題の新版です。はは〜ん、春畑のヤツ、ちょっといい子ぶって書いてるな、とか、音友も、ここまでは春畑のアホさを許したか、などと、楽しみながらご覧いただけたら、本望でゴザイマス。

 全国のピアノの先生方、どうかこの本で、ちょっと肩の力の抜けた、ちょっと遊び心のある、ちょっといいレッスンをしてくださいませな!

 


2005年 10月某日

 いよいよ新プロジェクト『wa!』が立ち上がりました。

 私たち……フランス語翻訳会社の「プリモ」、アロマとシフォンケーキの店「ピヨコ」、そしてノーテンキな音楽会社「トリゴ」の3社が集う、ここ駒場友和ビル。その2階スペースを、私たち、そして、みなさま、そして地球上のすべての友人たちの夢をわかちあう実験室にしようという試みです。

 ゆくゆくは、非営利で有意義な活動には無償でスペースを提供していくつもりなのですが、まずは仕掛け人の私たちから、何かイベントを発信しようということで、日夜ダボラを吹きながら、あれやこれやと画策しているところです。

 最初の目玉は世界の国々へ仮想旅行という大それた企画「異国の風号・地球旅行、出かけヨット!」。
 記念すべき第1回は、アフリカの国「ブルキナファソ」。
 ただいま、鋭意、取材に企画に、脳みそ絞り中なのであります
(12月に現地取材敢行予定!)。

 このイベント実施は、たぶん来年の早春かな。まもなく『wa!』のサイトが正式オープンの予定なので、詳細はそちらでね!



 で、私担当の春畑責任企画シリーズも1本準備中なので、ご紹介します。

 題して春畑セロリの「音楽経由、近くてトーク」

 ご来場のみなさんに、音楽の魅力や謎をお話しして楽しんでいただく肩の凝らないトーク・イベントなのですが、なんと毎回、音楽と近いような遠いような、すてきなゲストをお招きしちゃいます。
すでに素晴らしいゲスト・ラインナップが決まりつつあって、早くみなさんにお知らせしたいので、ここでちょっと予告しちゃいますね。

 第1回 2006年1月14日(土)14:00〜16:00
  「オーシャン・ブルーに託す想い」
    自然写真家として世界中を駆け巡っている高砂淳二さんに
    海への熱い想いを語っていただきます。作品もご紹介!

 第2回 2006年2月25日(土)14:00〜16:00
  「非デジタルの世界」
    トリノ国際映画祭にも出品が決まった新進気鋭の映画監督、
    坪川拓史さんとその愉快な仲間たちに映像&音楽論を!

 第3回 2006年3月25日(土)14:00〜16:00
  「和のアイデンティティー」
    女流横笛奏者、松尾 慧さんに、全国各地に伝わるお囃子や
    笛の数々をご紹介いただき、日本人の琴線の源を探ります。

 すべて参加料(乗車券)は995円。ご縁をお返しします(そのほかのカンパ、知恵、労働、情報などの活動支援はいつでも大歓迎!)。
ご参加の際は必ず事前にご連絡を。お申し込み、お問い合わせは、
 『wa!』 Tel: 03-3465-7748 E-mail: w@wawawawa.net

 セロリのノーテンキな集いに、ぜひお立ち寄りくださいな。


2005年 8月某日

 ブルキナ・ファソという国、ご存知でしょうか。西アフリカというか、サハラ砂漠の南側というか、とにかくアフリカ大陸が左側にもっこりとなっているあたりの内陸に位置する国です。
 最近、ちょっとブルキナがマイ・ブームになってまして、ジャンベというドラムや、バラフォンという木製の鍵盤楽器にさわってみたりしてます。これは特にブルキナ・ファソにしかない楽器というわけではなく、アフリカの多くの国々で伝えられているそうなんですけど、それぞれの国で、素材や形が少しずつ違うらしいのですね。
 ジャンベもバラフォンも、木や皮の素材が空気をふるわせて、いい音を出してくれます。

 ブルキナ・ファソ〜高潔な人々という意味の国名なんですって。来年早々にでも、この国を紹介する小さなイベントをしようと、今、企画中です。

 先日は、アルジェリアのポップ・ミュージック、「ライ」について、金沢大学の粕谷先生を訪ねて、個人レクチャーしていただきました。音楽っておもしろいなぁ。人々の暮らしや想いや、とまどいや誇りや、渇望や妥協や、いろいろなものがこもってるんですよねぇ。


 わが社が地下に巣くっている友和ビルは、東京駒場の気持ちいいエリアにある小さな小さなビルですが、ここの2階で、これから、さまざまな試みを始めようと思ってます。世界の国々や音楽や、その周辺に付随するさまざまな事柄、衣食住、ことば、友情、夢、好奇心。型にはまらず、そんなことたちを、考えたり、伝えたり、実験したり、笑ったり、遊んだりする愉快な空間にしようというタクラミです。

 ただいままさに準備中。スタートは11月頃かな。もちろんサイトも立ち上げ予定。そしたらすぐにリンクしますので、そちらにも遊びに行ってみてくださいね。今、まるでクラブ活動のようなノリで、あれこれ根回ししていて、毎日ワクワクですよ〜。よかったらお気軽に足を運んで、今日もノーテンキのセロリに逢いに来てください! 活動の中身は、うふふ、もうちょっとだけ、秘密です。

 
 そういえばこの間、ローカル局のFM湘南ナパサに出演して、オシャベリしてきました。シンガーソングライターのてつろうさんの番組で、「てつろうのMUSIC SCHOOL BUS」。楽しかったな〜。
  ローカルっていいですよね。全国展開とはまた別の足跡感がある。ウチの2階も、 少しの人々に「いいこと」をちゃんと伝えられる手堅い空間にしたいです。


2005年 7月某日

 わあ、カビの生えたニュージーランド旅便りを、ずいぶん長い間、載せっぱなしにしてましたねぇ。失礼しました。とっととバックナンバー送りにしましょう。

 とにかくあれから、目の回るような日々が続き、昨日なんて、ほんとに目が回ってました。あれ? 久しぶりに、私ってメマイしてるわけ? って思ったけど、たぶん寝不足ですよね〜。こんなのは、美味しいものを食べれば、たいてい治ると思うけど(う〜ん、医学的には筋が通ってませんね)。

 それで今日は、ヒマになったわけではなく、窮屈な仕事状態から逃避するため?だけ?に寝言書いてます。

 急ぎの仕事、リテイク(いわゆる修正依頼、すなわち?戻し?。「すごくいいんですが、もう少しこういう感じにしていただけると」って奴ですね。ときには、「これじゃ困るんだよねー」なんていう愛のないメッセージもありますけど)、さらにまったく新規のデジタル系お仕事(これがまた、把握に手間取るくせに格安のことが多い)等々って、けっこう容赦なく降ってくるんですよぉ。もはや?ネジこまれる?と言ってもいいくらい。

 もちろん、お仕事、有難いし、オフィスのみんなが食っていくためには、涙が出るほど嬉しいんですけどぉ、ちょっとここんとこ、荒業が続きましてね〜。そうなると、きちんと腰をすえて、じっくり取り組みたい仕事は、どんどん後回しになっちゃうんですよね。それはやっぱりイカンですよ。今、もう社会的地位が危ぶまれるくらい後回しになってるのが、こども向けのピアノ・コンチェルトの作曲、「ベートーベン連弾パーティー」の編曲、古典的ピアノ教則本の校訂、作品を送ってくれた方への添削・・・!

 なので、心を入れ替えまして、日銭稼ぎの仕事で身をすり減らしてはいかん! もちろんそれも誠心誠意やるのだが、その後に、毎日少しでも、自分本来の仕事の成果を蓄積しようと決意し、午前1時半から3時半を、それにあてているのです(ひゃ〜、不健康。健康志向編曲家のタケシくんなんか、起きてきちゃう時間ですよ)。

 でっ、心を入れ替えた3日目に、目が回っている次第です。

 でもね、どんなに忙しくても、いや忙しいからこそ、脳みその空気は入れ替えなくちゃ、というわけで、先日、Take II Keysの作編曲家4人組で、温泉旅行を決行しました。6年も前から、飲み会のたびに、千円、二千円と貯めた資金が、やっと4人で10万円になったので!

 行く先は、セコイと言われようが、夢がないと言われようが、輝く伊豆大島! これがまた実によい旅でした〜。

 まず三原山噴火口ハイキング。日曜日なのに、我々4人の他には人っ子ひとりいない火口付近。しかも根性の入った霧で、何も見えないっ。強力な風で前に進まないっ。そこを、完全なオヤジのノリで、地焼酎を左手に、温泉饅頭を右手に、「口の中で混ざると、サバランみたいで美味しい」とか言いながら身体にムチ打ってヒタ歩き、その名も裏砂漠という溶岩地帯の異形な景観に感嘆したのでした。

 夜は椿油のオイルフォンデュに、出されたネタだけでは飽き足らず、お造りの刺身から刺身のツマまで全部突っ込んじゃって(板さん怒るかしら)舌鼓を打ち、さらにいい加減、お酒が回ったところで、待ってました!の卓球大会!(これ必須。宿選びの段階で卓球台の有無をチェックするのが幹事の重要な任務)

 翌日は釣りの計画が流れたので、島の動物園(ここも人っ子ひとりいなかったっけ)で「きょん」と対面。お昼は波浮の港のレトロな寿司屋で一杯(観光客いなかったっけ)。通りすがりの露天で午後のひと風呂(ここも人っ子ひとりいなかったっけ)、夕方、港で船を待ちながら、また一杯(ここももう店閉めようとしてたっけ)。

 どんなに仕事を抱えていようが、たとえ出発前に愛用のマシンがクラッシュして途方にくれようが(ねっ、とおくん。しかも急ぎの仕事発注してるのはウチよ、ウチ。頼むわよ)、遊ぶときは遊ぶ私たちなのでした。いい旅、したよなぁ〜。

 次回の寝言は、きっと、伊豆大島からぐっとスケールをアップして、セロリのグローバル音楽探求への道。乞うご期待デス。


2005年 5月某日

 4月のニュージーランド旅行以来、すっかり仕事のノーリツが下がってます。ふつうさぁ、遊んだらリフレッシュして、その後はバリバリ働くのがヒトとしての道でしょ〜? ところがところが、なにしろ、ニュージーの秋の寒さにすっかり風邪をひいちゃって、ずっと咳が止まらず、頭が働かず、仕事拒否症になってるっていうわけです。

 でもね、ほんとは風邪は言い訳でね、春畑としては、遊び足りてないわけですよ。えっっ、1週間遊んだら十分でしょって? いやはや、逆に、放浪癖に火がついちゃったんでしょうねぇ。海外ひとり漫遊記、すごい久しぶりだったんですよ。こんなに好き勝手にウロチョロしたのは何年ぶりだろう。7-8年前にフランスの田舎をレンタカーで放浪して、ドーバー海峡を船で渡ったロンドンの旅以来ですよね。

 そうそう、今回も、レンタカーでニュージーランドの風景を満喫しました。なんかメチャクチャ快適だったなぁ。左側通行なので不安もないし。2時間半くらい車飛ばして、鯨、見にいったんですよね。結局、船には乗らず、ヘリコプターで空からのウォッチングになったんですけど。それもね、けっこう危なかった。3人揃わないと飛んでくれないのに、平日で私の他に誰もお客がいない。しばらく街をぶらついたり、シーフード・チャウダーに舌鼓を打ったりして時間をつぶし、それでも駄目で、もはや時間切れかという時に、タンクトップ姿の若い女性ふたり組がやってきまして。ヤンキーの姉ちゃんかと思ったら、地元の高校の先生でね、けっこう知的な会話をしました。ぎりぎりのところで彼女たちが現れてくれたおかげで、パイロットから「オメデトー!」とか、からかわれながら、フライトを楽しむことができたのです。もちろん、空から鯨くん、いるかくん、あざらしくん、たくさん見ましたよ!

 そしてその帰り道。レンタカーの返却時間に間に合わそうと、ちょっと気がせいてたのは確かだけど、なんとパトカーに追っかけられちゃいました……。不法入国でも麻薬所持でもなく、そう、スピード違反! なんてこったい。こんな気持ちのいい道で違反切符なんか切られたくな〜い! と思ったけど、時すでに遅し。赤と青が後ろでくるくる回ってました。私、外人、とか、言葉通じないとか、いろいろ言ったけど許してもらえず、悔しいので、おまわりさんが書類を書いてる最中にパトカーを盗み撮りしちゃいました。それが今、しっかりPCのデスクトップを飾ってます。なかなかいい構図だ!

 結局レンタカーのオフィスには5分前に滑り込み。市街地に入ったところでほとんど道に迷いかけていたので、これには自分の強運に拍手。いつも知らない場所を迷いながら走るのを趣味にしている野性の道勘が冴え渡りました。

 そんなこんなの珍道中でしたが、とにかく海と川と湖と山を満喫。すてきな旅でした。タイ人のIBM勤務のご夫婦、静岡の老姉妹、ノースカロライナの冒険好きの奥さんと高所恐怖症のご主人、最新ヒット曲を教えてくれたフランス料理店の厨房のお兄さんetc、いろいろな人とふれあいましたね。

 最後は、オーストラリアのゴールドコーストに立ち寄って、中学卒業以来逢っていなかったクラスメートと時を超えて再会……どころか、お家にまで押しかけちゃって、言葉の壁もなんのその、奥さんやこどもたちともすっかり仲良くなり、一宿一飯の恩を受けました。ひとり旅の身には、ファミリーのもてなし、嬉しかったなぁ。

 というわけで、とても地下室で仕事する気にはなれんのですたい。今ね、なんとかして仕事をしてるように見せかけながら遊ぶ方法、サボってても、すごく偉い人に見える方法を研究してるとこです。

 名案があったら教えてください。


2005年 1月某日

 あけましておめでとうございます。

 って言いそびれているうちに、1月も終わっちゃう。月日の経つのはハヤイ! というわけで、今年は、どんどんいろいろなことをやっちゃおうと思ってます。

 去年は、リサーチの年。今年は、石橋を叩いて、渡って、戻って、スキップして、らんかんに登って、裏側をのぞいて、で、結局、舟に乗っちゃったりして、そんな年になるかもデス。

 新年から仕事に埋もれつつ溺れつつだけど、でもまったくめげずに、どんどん楽しい計画、笑える計画をふくらませてます。去年の秋の奄美の海、体験ダイビングで溺れそうになったときにも、もがきながらもおかしくて笑っちゃってた、あの気分ですね。

 今年も、小さい旅、中くらいの旅、そして2月も3月も4月も、なつかしい友との再会がありそう。ワクワクです。

 

 まず最初の出会いはタンパク質と細胞膜かな?!

 楽しくやりましょう。みなさん遊んでくださいね。


2004年 12月某日

 2004年も、あともう少し。

 今年は、なんてたくさんの人と出会っただろう。いろいろな世代、いろいろな職種。いろいろな生き方。

 そして、今年の後半は、思いがけず、たくさんの人たちと旧交を温めた年でもありました。この年齢になると(あ、えっと、26歳くらいってことにしときましょうか)、久しぶりの人との意外な出会い、偶然の再会が、一気に巡ってくるようなことが、ままあるのかもしれませんね。逆に、あまりにも急に逝ってしまった人も身近にいたけれど、その悲しい別れが呼び寄せてくれたかのような貴重な出会いもありました。

 いつも近くにいてくれる人、少し遠くで見守っていてくれる人、何年も逢わないのに、昨日別れたかのように心を通わせられる人。どの人もさりげなく想いを分かち合ってくれて、心がぬくもります。ほんとうに心からありがとうを言いたいです。

 来年はまた、思いもよらぬ展開がありそう。

 ノーテンキに生きてきた春畑が、ひとつでも地道な足跡を残せたらな。もちろん、いつも通り、アホでオチャラケた足跡もたくさん残すんでしょうけど。

 来年も新しい人と出会いましょう。20年ぶりのあなた、30年ぶりのあなたとも(あれ? 26歳じゃなかったっけ)、会えるかもね!


2004年 11月某日

 今、フェアトレードという言葉にちょっと関心を持ってます。先進国が発展途上国の人々を搾取するような貿易(超低賃金で大量生産を行い、超特価で売りまくり〜の、儲けまくり〜の、という図式)ではなく、現地の生産者の人たちが正当な賃金を得て、自立して生活していけるように応援するための貿易活動です。援助と言っても、恵まれない環境にある人たちに一方的にお金をあげるのではなく、起業したり生産を行ったりするためのノウハウを伝え、貿易のための機会と手段と市場を提供しようというわけです。

 そういった旗印を掲げて、現地に密着した活動を行っているフェアトレード団体が日本にも増えてきました。私たち市民は、アジアやアフリカのさまざまな国の人たちが手作りした衣料や食品を買うことで、支援の一端を担うことができます。

 世の中には、たくさんの国際協力NGOがあって、一般市民は、そういう志の高い活動をしている人たちを、すごいなぁ、応援したいなぁと思っても、自分の生活を捨ててまで現地に飛び込むというわけにもいかず、好きなだけお金をばらまけるほどの経済力もなく、結局、手をこまねいたまま、昨日と同じように飯食って、テレビ見て、風呂入って寝ちゃうわけですけど、フェアトレードなら、自分の気にいったものを買って、ショッピングの楽しみを享受しながら国際協力ができるのですから、お気軽お手軽、気が楽、ふところも楽で、可愛いエスニック・グッズや珍しいスパイスなどが手に入り、お得納得の気分です。

 実は、こういう優れた活動のように見えるフェアトレードにも、問題点や壁や溝はいろいろあるのだそうで、一概にただただ立派と感心ばかりしてはいられないのかもしれませんが、でも、支援団体側も、人生投げ打ってボランティアをしているわけではなく、きちんと営利を上げて、事業として成り立っているケースが多いのは、注目すべきじゃないかと思いますよね。

 なんかボランティアって言葉、優等生的で滅私奉公的で小市民的で、抵抗感じたりしませんか? 私みたいに、勝手気ままに生きてる派のハグレ者には、世のため人のために汗水流していいことするって、なんとなく気恥ずかしいっていう意識がある。ちょっとくらいイイ子のフリしたって、世の中変わらな〜い!という、やる以前からのあきらめもあるかもしれません。とにかく日本には、肩の張らない自然なボランティア精神が、まだまだ根付いていないという気がします。そんな中で、地に足のついた活動で、国際協力や地域復興や環境整備事業を成功させている団体や企業を見ると、知恵と行動力次第で、自分を活かして相手も活かし成果を得るノウハウってあるもんなんだなぁと感心させられちゃうんですよね〜。

 もうひとつ感心するのは、そういう現場で若い人たちがバリバリ活躍していること。ちゃんとものを考えていること。「今の若いモンは」なんて言ってる大人たちこそが、本来のボランティア精神も理解せず、腰が重くて、ノウハウも持たない、諸悪の根源なんじゃないかっていう気がしてきます。

 世間の口車に乗って自己責任だとか政府はあてにならんとか叫ぶ前に、わが身を振り返ってみるってのも、たまにはいいかもしれませんね。まぁ、とかいいつつもね、やっぱり今日の晩ご飯のメニューのほうが気になってる私なんですけどね。


2004年 10月某日

 この間、友達が建設に関わっている「ミュージション」ってやつを見に行ったんですよね。音楽家向けの防音マンションです。一見普通のマンションと同じなんだけど、それぞれの住居に完全防音のスタジオが一部屋ついている。特に1階の物件の場合はスタジオが地下にあるから、グランドピアノはもちろん、ドラムもエレキベースも、何でもOKです。マンション内の隣人や近隣への騒音の心配がまったくないどころか、自分の家族の生活空間にもほとんど音が漏れない。スタジオで妻がロックを歌いまくっていても、夜勤明けの夫は隣の寝室でスヤスヤという図式も可能です。リビングやキッチンの作りもオシャレだし、浴室乾燥などの設備も充実。

 えっ、いつ買うのかって? いやはや、セロリをすりおろして野菜ジュースを作るジューサーすら買うのを渋っている金欠の春畑が、マンションなんか買えるわけないっしょ〜! なにしろ、激安賃貸の三浦の海の家で大満足してるんですから、購入予定は、これっぽっちもありません。友達が意見を聞かせて欲しいというので、完全な物見遊山的レクリエーション感覚で出かけていったんです。

 でもほら、せっかくモデルルームを見に行くからには、「ふ〜ん、このくらい軽い買い物よ〜」みたいな雰囲気かもし出したいじゃないですか。それで、一応恥ずかしくないTシャツとGパンで(それでもTシャツとGパンかよ)、貧乏人と見透かされないような立ち居振る舞いを心がけつつ、それでも玄関でけつまづきそうになってあせったりながら、慣れた物腰の販売担当者に案内してもらったのでした。

 それでお値段がね、決して高くないのですよ(そりゃ安くもないわよ)。同じような地の利の普通のマンションと変わらない。だから、今頃けっこうバリバリ売れてるんじゃないでしょーか(まぁ、とはいっても音楽家には貧乏人も多いからな〜)。面白いのは、1階に住民専用のホールがあること。小さなコンサートなら十分できちゃいます。録音設備も整ってるし。こういう何かプラスアルファのある物件って興味深いですよね。売り手のポリシーや作り手のこだわり、最新テクノロジーと実用主義とファッション性の同居など、ひやかしにしてはなかなか楽しい、午後のカルチャー散歩でした。

       ☆      ☆      ☆

 そうそう、この間、首が回らなくなった(これは貧乏じゃなくて、ほんとの頚椎!)話を書いたので、みなさんに心配かけちゃいました。おかげさまでほぼ回復し、小康状態。若いドクターがあまりに興奮して病状をまくしたてるので、ちょっと心配になっちゃったんだけど、次の診療で別の先輩医者にかなり軽くあしらわれ、それはそれで、なんだかクヤしかったのでした。

 というわけで元気いっぱいに復活したので、かねての計画通り奥多摩にラフティングに行ってきました。ところが、あまりに緩やかな流れでスリルもサスペンスもなく、ちょっとというか、かなり期待はずれ。ウェットスーツまで着たのに、この盛り上がりのなさは何? という感じ。おさまらない私たちは、帰りに遊園地に繰り出し、ウォーター・スライダーでビショ濡れになって、恨みを晴らしたのでした。ま、これも絶叫とまではいかなかったけど。

 今日は、日比谷公園の国際協力フェスティバルに出かけていって、ネパールの可愛いカレンダーと帽子とくつしたを買ってきましたよ〜。今月のお気に入りです。


2004年 8月某日

 三浦海岸の花火、満喫しちゃった。我が海の庵の眼前に繰り広げられるあでやかな花の数々を、人々の遠い歓声を尻目に、ベランダでのんびり鑑賞する贅沢さ。次々と眼を突き刺す金色の火を、なんだかうっとりと、のんびりした気持ちで眺めたのでした。

 そうやって首を天にささげていた報いや否や、2、3日前から寝違えかと思っていた首の痛みが悪化。そういえばこの春、中学時代の悪友が、寝違えを端緒に椎間板ヘルニアの手術という憂き目にあって、2ヶ月もギプスでうなっていたっけ〜なんていう冷や汗ものの話を思い出し、普段に似ぬ素早さで整形外科に行った私なのでした。

 そしたら、こともあろうに若いお医者さんが「椎間板が減ってますねぇ」と、嬉しそうに恐ろしい発言。しかも「右腕の神経もちょっといかれてますよ〜」だって。さらに先輩医者に「症状のある首と反対側の腕に明らかにハンシャのコウシンが見られるんですよぉ」とワクワクしながら意味不明の報告をしてる。う〜ん、仕事熱心なお医者さんは、問題アリの症状と巡り合うと訳もなく張り切るのだろうけど、患者としては、あまり嬉しそうにされてもねぇ。

 というわけで、首の回らぬ作曲家となっているのです。運転中の左右確認も、首のみならず全身でしております。うがいは、エーテル入りの水飲み鳥状態になっているのでした。

 この夏、せっかくラフティングに行こうと思ってたのに、この首!!しかも、遊びの相棒はテニス肘。しかし、なにせボロボロになっても遊ぶ私達ですから、まぁ、どうか悲惨な結末をご期待ください。

 アレンジのほうは、恐怖の乱入系リレー連弾が完成。だんだん激しくなる春畑の掟破り連弾。誰か止めて〜な。詳細は「わくわくピアノパーティー」リリースをお楽しみに。

 最近の春畑の拾い物は、「長唄」です。 イヨッ、ハ!


2004年 6月某日

 最近、科学が趣味になってます。ほんとうは、脳のこととか、動物行動学に興味があったんですが、いつの間にやら、どこをどう脱線したか、「宇宙」と「深海」というとんでもないテーマからアプローチしている、行き当たりばったり、刹那主義、その日暮らしの春畑なのでありました(ですからね、宇宙ステーションと無重力と深海探査のことなら、何でも聞いてよ! あ、でもね、もちろんちゃんと答えられるかどうかは、責任持ちませんよ。それもスリリングでいい加減でワクワクするでしょ)。

 音楽と科学との関係は、対極と密接との間を、涼しい顔でフワフワとたゆたっているような感じがする。とらえどころのない不思議なものを真剣に解き明かそうとしてる科学と、現実世界の物理現象を使って不思議な感覚世界を創り出そうとしている音楽。ね、まったく裏返しみたいでもあり、めちゃくちゃ親戚みたいでもあり、でしょ。

 何かきっと、おもしろい拾い物をすると思うんです。楽しみ。

 制作のほうは、大好評ながら季節物につき重版中止になっていた「クリスマスピアノパーティー」の掲載曲を全曲収録したうえで、さらにもっとたくさんのパーティー曲を盛り込んだ「わいわいピアノパーティー」の出版がついに走り出しました。またまた、我々「Take II Keys」メンバー4人による、七転八倒、言語道断、獅子奮迅の制作の日々が始まるのでありました。(春畑が思いついた数々のアホらしい企画はことごとく却下され、めでたく、格調高い曲集が仕上がりそうです)

 並行して、「ベートーベン連弾パーティー」も、いざ出陣。さてさて首尾やいかに!

 忙しくなりそうだけど、とりあえず、まず、隕石の衝突と地球の進化について調べなくっちゃぁ!!


2004年 4月某日

 長崎への仕事にかこつけて、湯布院、阿蘇と遊んでしまいました。博多から「特急ゆふいんの森」で陸路、由布院駅へ。これがなんと、特急券を失くすという大チョンボのおかげで、取り直した座席が棚からボタモチの1号車1番。運転席の真後ろなのですね。特急列車はビュンビュン走るところが風情もへったくれもないんだけど、一番前の窓って、景色がゆっくり流れるでしょ。線路わきの菜の花や生垣や道端の洗濯物とかが、ゆっくり過ぎてゆく。私の大好きな、木と花と暮らしのある里の風景が満喫できて最高でした。木のぬくもりの車内もよかったけど、とうふまんじゅうも美味しかったなぁ。

 湯布院では、絶対高くて泊まれないような宿を訪ねて、600円で日帰り入浴。それからブラブラと午後いっぱい散策して、そこここにある小さな美術館や博物館をいくつもハシゴしました。小さいとこって、オーナーの意思があふれてる。整然としていたり雑然としていたり。素人っぽかったり手作り感いっぱいだったり。そんなとこでオーナーや店番のオネエチャンを捕まえて罪のないオシャベリをするのが、また面白いんですね。ちょっとまたセロリ的拾い物をしたかもデス。
 私を含めて女性3人しか泊まってなかったペンションでは、男女交替制の露天風呂を、一晩中占領して満喫。その同宿のご婦人二人は、スクエア・ダンスの競技会に遠征してきた帰りらしく、朝食のついでに、未知のダンス競技の話を聞きほじっちゃいました。
 翌日は、1日かけて、湯布院から阿蘇、熊本、島原経由のバスで長崎へ。湯布院で乗ったときは、客はデカいバスに私ひとり。運ちゃんとおしゃべりしているうちに、黒川温泉で、この春、理学療法士になるという弱視の青年が乗車。ほぼスカンピンで、阿蘇のロープウェイの登り運賃しかないから、帰りは走って降りるというから、アンタ、身障者でしょ、しょうがない、就職祝いしてあげよう、ということで、300円カンパしました〜。

 旅は道連れの彼が熊本で降りてしまったので、ようやく一人旅かなと思いきや、熊本から、これまた一人旅のオーストラリア人の老婦人が乗車。なんと日本語はまったく話せないという。有明海ではバスごとフェリー乗船だから、待ち時間とかいろいろあるのに、ほおってはおけないですよね。というわけで結局、単語とジェスチャーと文脈めちゃくちゃの英語で、長崎までずっとオシャベリ。異文化に触れたくて、スニーカーとリュックで旅してるんですって。品の良いお顔立ちだったけど、どうみても70歳以上。シドニーのオペラの話とか、日本のキモノの話とか、話題も豊富で知的。その活力と好奇心の若々しさには敬服しました。長崎市内ではユースホステル泊とのことで、わかりにくい地図を片手に宿までお送りしたことはいうまでもありません。
 短い旅ながら、なんてたくさんの人と話したことでしょうね。みんな名前も知らない人たちだけど、しっかり明日への活力もらいました。特にあのおばあちゃま。無事、南半球に帰ったかなぁ。


2004年 2月某日
 ず〜っと、ず〜っと昔、ローマの都をひとり旅。日没の遺跡で、缶ビールで自分の誕生日を祝ったりして、少なからずセンチメンタルになっちゃった私は、実のところ歴史の重みに耐えかねていたのでした。何百年という昔、幾千幾億の人々の手が、美しくまた価値ある工芸品や芸術や建築をここに築いたのだと思うと、その幾千幾億の手に、背中を押されている気がしてならないのでした。果たしてそれは、励ましなのか怒りなのか愛なのか戒めなのかわからない。ただただ、そんな不思議な力が肩や背中を押しているように思われてならないのでした。

 はてさて、現代に生きる軟弱な私たちは、かつての人間たちが持っていたはずの、こんな不思議な力の、片鱗でも持っているだろうか。知識は膨大に増えたが、その実、頭が悪くなった、できることは莫大に増えたが、いつのまにやら生きる力をなくしてしまった現代人たち。素通しの目玉とがらんどうの頭ばかりデカくなって、手足が萎えてしまった人間たち……。

 奇しくも、このたった2日ばかりの間に、「人間は、動物としても知的生命体としても退化の一途をたどっている」という意味の文章を、新聞や雑誌で4つか5つ立て続けに読みました。それぞれまったく違う発言者の違う表現で書かれていましたが、私は、あのローマの日没を思い出して、なんとなく背筋がむずがゆくなったのでありました。
 これで、心も退化しちゃったら、もうおしまいだよね。

2004年 1月某日
 あけましておめでと〜。
 無理のない、無駄のない、まやかしのない、眉間のシワのない、ええかっこしぃのない、ずぼらで、わくわくで、うふふで、ちょっとスリルな日常、仕事、あそび、社会貢献。が、できたらいいなぁ。

2003年 12月某日
 三浦海岸の海の住まいで目をさました日曜日。あまりにも晴れ渡った冬の空に誘われて、15分ほど路線バスに揺られて剣崎灯台へミニ・ハイキングに出かけました。いつもジープを飛ばしながら見ている景色とは違い、徒歩の風景は、ゆっくりと変わっていくので味わいがあります。うねうねとした大根畑の向こうに見え隠れする青い海を楽しみながら、やがて灯台にたどりつくと、右にはひっそりとかすむ伊豆大島、左には鮮やかな山肌を見せてすぐそこにあるような房総半島。ちょっと散歩の足を伸ばしただけでこんなぜいたくな午後を過ごせる三浦半島ライフを、改めて噛みしめた休日でした。

 な〜んちゃって、そんなことでは飽き足らなくなっちゃうのが、春畑の放浪癖。いざ南国のクリスマスだっ、仕事をほっぽり出して、南の島へ逃避行しちゃいました。石垣島にひとり旅……。そりゃもう、三浦の百倍青い海、さとうきび畑、森探検、不思議な生物たち、滝登り(年を考えろっちゅうの、足パンパン)、西表島に落ちるサンセット、夜の森の神秘の鳥の声、星観察、そしてさんご礁一望のパラ・グライダー体験まで。いや〜、やっぱ、さすらいのお気楽モノはやめられまへん。自然観察を教えてくれたマスブチさん、パラ・ワールドの大城さん夫妻(楽譜送るからね〜)、そんでもって、夜、パンパンの足と日焼け三昧の鼻の頭を癒してくれた元気なエステティシャンのお姉さま、ありがと〜〜。

 というわけで、今年も残りわずか。来年早々、いよいよ「ロック・アドベンチャー」がリリース(し〜まるさん、パンチのきいたイラスト待ってますよ〜ん)。キッズポップ探検隊の第3弾、けっこう充実の仕上がりです。なにせロックだもん、楽しいよ〜。
 そして着手するのは、「ベートーヴェン連弾パーティー」(懲りないね)。さらに、お待たせ、重版中止中のクリスマスピアノパーティーよみがえり企画の、「こどもピアノワールド第6巻」(またワガママな4人組で揉めまくり必至ですな)。

2004年も飛ばしていきましょう!!
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